及川徹と友達の彼女【連載中】
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episode.02「高一の夏」
大変だと覚悟していたマネージャーの仕事は、始まってみるととても楽しいものだった。
「監督!飲み物の差し入れあるので、ここ置いておきますね!」
「おお、ありがとう」
「キャプテン、そろそろ10分です」
「おう、サンキュー!あれ、この後何だっけ」
「サーブ50本、その後アタックです」
「そうだそうだ。ありがとな!」
部活中、部員の皆のために動き回ることにやりがいを感じる。
練習中以外も、連絡関係で校内を走り回ることも、少しも苦ではなかった。
「はい、これ今月の練習予定。ここ体育館点検で休みになるから、代わりに月曜練習あるからね」
「そうなんだ!了解」
「徹!明日急きょ練習試合入ったから。ユニフォーム忘れないでね」
「オッケー」
「はじめも!明日ユニフォーム!」
「おう!聞いてたぞ」
徹やはじめの教室にも、こうやって頻繁に出入りしていた。
「なんかお前、選手の時より生き生きしてるよな」
「岩ちゃんもそう思う?俺も思ってた」
「えっ、そうかなぁ」
「マネージャーは適任だったんじゃねぇか」
2人の言うとおり。
正直、引き受けた動機は不純なものだったけど、今は毎日が充実していてとても楽しい。
結果オーライってやつだったのかも。
選手の時は、楽しいことばかりではなく、辛いことも多かったけど、今はこういう形で大好きなバレーに関わっているだけで幸せだ。
それに、私がマネージャーになったことで、徹とはじめと生活リズムがまた同じになり、朝練へ向かう登校、部活、帰り
結局、幼馴染3人でいる時間が戻った。
切っても切れない腐れ縁。
それでもやっぱり、3人でいる時間は一番心地いい。
——夏の始まり。
入学当初は短かった髪が肩まで伸びる頃、高校生活にもすっかり慣れた。
「夏休みの予定表配ります!」
「「「うーす」」」
ただひとつ、慣れないこと。
「いつもありがとな」
「あ、はいっ」
「これも、作るの大変だったろ」
「そんなっ、全然っ!」
松川君の前でだけは、どうしても緊張してしまう。
嫌われたくない。変なところを見せたくない。そう思えば思うほど、普段のように喋ったり、振る舞うことができなくなってしまう。
松川君はいつもクールで誰に対しても優しい。
今日も落ち着いていて、大人っぽくてかっこいい。バレーをしている姿は、さらにかっこいい。
どんどん気持ちが惹かれていくのがわかる。
気持ちが大きくなればなるほど、彼に対する緊張も大きくなってしまう。
仲良くなりたくてもなれない、近付きたくても近付けない。
そんな関係が続いていた。
その日の帰り道、はじめがまた、おもむろに聞いてきた。
「お前、松川のこと好きなのな」
「!!!」
なんて無神経な!
「え、岩ちゃん知らなかったの?ずいぶん前からだよ」
間髪入れず、徹もそう言った。
2人のデリカシーのなさに頭に来ながらも、図星を突かれたせいでうまく誤魔化すことができない。
「えっ、な、何言ってんの、もう!そんなわけ……」
「名前も、バレてないとでも思ってたの……」
徹が呆れたようにため息を吐いた。
ーーーーーーーーーー
「オーライオーライ!!」
「レフトー!」
「ナイスブロックー!!」
体育館に部員たちの声が響く。
今日は2チームに分かれ、試合形式での練習が行われている。
「フー……きっつい」
「暑さのせいもあるよね。お疲れ」
ベンチへと戻ってきた徹に飲み物を渡す。
「松川君、さっきのどシャットすごかった」
「まぁ、あれぐらいは止めてもらわないと」
「この調子なら、3年生が引退したらすぐレギュラー入りかも」
「俺と岩ちゃんはすでにレギュラーだけどね」
「はいはい、そうですね」
いちいち屁理屈を言う徹を軽くあしらっていると、遠くから噂をしていた本人がこちらに向かってやってくる。
口を閉じ、無意識に背筋を伸ばす。
隣の徹は何事もないように彼に声をかけた。
「まっつん、お疲れ」
「うーす……あれ」
私の横で立ち止まり、ベンチの上の荷物から何かを探しているようだった。
私はすぐにピンときて、そばにあったスポーツタオルを渡す。
「あ、こ、これでしょうか?」
「お、それだ。悪いな。ありがとう」
「いえ……」
タオルを受け取りながら、笑いかけてくれた。
そのタオルで大雑把に顔の汗を拭く。
その様子に、つい目がいってしまう。
癖のある髪がいつもより乱れているところも、半袖を肩まで捲り上げているところも、練習へと戻っていくその後ろ姿も
全てが魅力的。
「………」
「見過ぎ」
「はい。ごめんなさい」
横にいる徹から声をかけられ、我に返った。
「ていうか、何、今の。もうマネージャーなって3ヶ月くらい経つのに、まだ緊張してんの?」
「でも今は少し喋れたし、これでも進歩してるの」
「あんなの喋ったうちに入らないけどね」
相変わらず意地悪なことを言ってくる徹を恨めしい目で見る。
「よく思われたいって思うと、どうしても緊張しちゃうんだよ。どうしたら、こうして徹と話すみたいに普通に喋れるのかわからないの」
「そういうもんか」
「でも……」
——ありがとう
「あんなふうに笑ってくれたの、初めてだったな」
「……恋する乙女顔、やめてくれる?」
「ドン引きするな!いつまでも座ってないで練習戻りなさい!」
「はーい」
ーーーーーーーーーー
次の日。
昨日使ったビブスの洗濯を終え、体育館の隅で一枚一枚畳んでいると
突然隣に松川君がやってきた。
「手伝うよ」
まさかの一言に声が裏返る。
「ええっ!?まっ!あの、練習は?」
「今休憩中」
「あ、そっか。ありがとうございます」
「適当に畳めばいいの?」
言いながら私の隣に腰を下ろす。
「はい。最後はこの、袋にあの、まとめて入れちゃうので…」
「おっけー」
私は緊張から体が硬くなり、手先はうまく動かないし、言葉もすらすら出てこない。
いつも遠くから眺めていた彼が、こんなにも近くにいる状況に心臓がうるさい。
ビブスを畳むことに集中したくとも、意識が松川君へ向いてしまう。
何か話したほうが良いだろうかと迷っていると、松川君の方が口を開いた。
「なんか、いつも緊張してるな」
「え……」
私のことだろう。
やっぱり、本人にも伝わってたんだ。
見抜かれていたことに、急に恥ずかしくなる。
「あの…ものすごく人見知りで…」
「ほどがあるだろ」
そう言って松川君が笑った。
笑顔、2回目だ。
「……少しずつ慣れていけるように、頑張ります…」
「まずその敬語な。同じ1年だろ」
「そうなんだけど…松川君は同い年に見えないというか……」
「老けてる?」
「そ、そういうわけでなくてっ、大人っぽいからっ」
「大丈夫。よく言われるから」
「本当に!違うから!」
「焦りすぎ」
……また笑ってくれた。
「いつもありがとうな。1人で大変だろ」
「でも、マネージャーの仕事好きだから」
「いつでも手伝うから、俺らにできることあったら言ってね」
「ありがとうございます」
「敬語!」
「あっ……」
松川君が笑って、私も笑う。
私にとって、この上ない至福の時間。
胸はずっと、ドキドキと高鳴っていて
それすらも心地いい。
この人のことが好きだなぁと思える。
もっと近付きたい。そばにいたい。
できればいつか、友達以上に。
そんな気持ちが芽生えていた。
——夏休み。
インターハイ予選を終え
春高に向け練習に明け暮れる毎日。
「名前、マッキー達と帰りラーメン寄ってくけど、一緒に行く?」
「マッキー達って……」
「まっつんも」
「行く!」
徹とはじめと私。
3人だったのが、そこに松川君と花巻君も加わることが多くなった。
「なんかお前、松川と距離近くなったよな」
「えっほんと!」
「自然に話せてるっつーか」
「だいぶ時間かかったけどね」
徹もはじめも、からかいながらも私の初めての恋を心から応援してくれていた。
それが、高一の夏の話。
