岩泉一にフラれた女の子【連載中】
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episode.03「ヒーロー」
数日が経ち、それぞれが少しずつ新しいクラスに馴染んでくる頃。
休み時間に岩泉は自席で頬杖をつきながら何をするでもなく呆けていると、ふと名前の姿を視界にとらえる。
女友達と何やら話をし、時には手を叩いて笑いあっていた。
その姿は、岩泉の目にはずいぶんと楽しそうに映る。
記憶の中じゃビービー泣いてばかりだったと思うんだが、よく笑うもんだ。
俺のことは……さすがに覚えてねぇか。
そりゃそうだろ。
自分を”ブス”だと言ってきた野郎のことなんて、一刻も早く忘れたいもんだろうよ。
そんな酷い記憶、思い出させない方がいいし、下手に名乗らない方がいい。
一方、名前は——
……気のせいだろうか。
さっきからはーちゃんがこっちを見てる気がする……
と、鋭い視線に気付いていた。
先ほどから友人の方を見ると視界の隅に入ってくる岩泉が、どうしても気になってしまう。
私、何か気に触ることした?
ていうか再会してまだ一度も喋ってないけど。
それとも他の誰かを見てるの?
友人である加奈子の話に相槌を打ちながらも、目を泳がせたり、髪を触ったり、どこか落ち着きがない。
名前の様子がおかしいことが気になり、加奈子は周りを見回してその原因に気が付いた。
「ちょっと!なによ、岩泉」
ギロっと睨みをきかせながら岩泉に声をかけると、岩泉は眉間に皺を寄せ、さらに眼光が鋭くなる。
「あ?何がだよ」
「名前は男子が苦手なんだから、あんま見ないでよね。特にあんた図体デカいし、顔もこわいし」
「ちょ、ちょっと、かなちゃんっ」
岩泉にも物怖じすることなく強気でそう言う友人をなだめるよう、名前は彼女の服を掴む。
「別に見てねぇし、顔はもともとこうだからしょーがねぇだろ」
ひとつ舌打ちをして立ち上がると岩泉は教室を出て行った。
腹が立ったが、正直なところ、無意識だとしても名前を見ていたのは確かだったので、罰が悪くなってしまったのもあった。
「まぁ岩泉は害のないヤツだけど、他の男子から何かされたらすぐ言うんだよ!」
彼の後ろ姿を心配そうに見送っていると、隣で加奈子がそう言ったので、名前は笑顔を返した。
「うん、ありがとう」
ーーーーーーーーーー
その日の放課後。
図書室へ行こうと決めていたので、名前はホームルームが終わるなり教室を出た。
「なぁなぁ名前ちゃん」
「もう帰んの?」
後を追ってきたのは、今年初めて同じクラスになった2人の男子、高野と赤井だった。
「えっと、図書室に行こうと思って」
「図書室!」
「へー、読書とかするんだ。それとも勉強しに?」
「真面目そうだもんなー!」
からかわれている。
これまでの経験からそう感じた名前の顔は少し強張っていた。
こちらが困っているのを楽しんでいるだけなのはわかっているのに、恐怖を感じてしまってうまく切り抜けることができない。
助けを求めようにも加奈子は彼との約束があるから、と先に教室を出てしまった。
それに、このくらい自分で解決しなくては…という思いもある。
汗ばむ掌をキュッと握った。
ショルダーバッグを肩にかけ、部活へ行こうと教室を出た岩泉は、廊下で名前が男子生徒2人に行く手を阻まれている場面に遭遇した。
「なぁ、彼氏とかいる?」
「いえ……」
はたから見ればただ話しているだけのようにも見える。が、名前の表情をよく見ればそんな楽しい雰囲気ではないことが伺える。
記憶の隅に残る、幼稚園時代の自分なら迷わず飛び出して行っただろうが……もう自分たちはそんな関係ではないし、相手は助けなんて求めていないかもしれない。
少し離れた場所で様子を見ることにした。
「俺とかどう?」
「お前抜け駆けだべよ」
「だって俺、実は結構タイプかも」
そう言いながら高野が手を伸ばして名前の髪を触る。
同時に名前の体がビクッと震えたのを岩泉は見逃さなかった。
……放っておいたら泣くか?
一度振り返って教室内を見るが、名前の友人はすでに帰ってしまったようだった。
「……しょーがねぇな」
気が進まない様子で岩泉が出て行こうとすると
「や…やめて……」
名前が2人にそう言った。
声が震えてはいるが、はっきりと主張しているその姿に少し驚いた。
あの頃とは違う。自分で戦おうとしている。
泣かされてばかりいた彼女はもういないようで、少し見直した。
「あれ、意外と強気なんだね」
「ごめんごめん。ね、俺らとどっか行こうよ。なんか奢るし」
「………」
いつの間にか壁際まで詰め寄られ、身動きの取れなくなっている名前。
それ以上は黙っていられなかった。
「おい」
高野の首根っこを片手で掴み、とりあえず1人を名前から引き剥がした。
「うお!岩泉!?」
「!」
突然現れた岩泉に、名前は固まった。
「なんだよ。お前も混ざる?」
「嫌がられてんの、いい加減気付けよ」
「関係ねぇだろ。お前はさっさと体育館行って大好きなボール遊びでもしてろよ」
ブチッ
と岩泉の血管の切れる音。
「ほう。俺に喧嘩売るか」
赤井の胸ぐらを掴む。
男子の体が軽々と浮くその力に、2人は尻込みをした。
「…っ……」
「やめとけ。こいつの馬鹿力知ってるだろ」
「………くそっ!バレー馬鹿が邪魔しやがって!」
苦し紛れの捨てゼリフを吐き、2人は背を向け去って行った。
この場で殴り合いが始まるのでは…と気が気でなかった名前は、ホッと胸を撫で下ろす。
廊下の隅に下ろしていたバッグを再び肩にかけ、その場を離れようとする岩泉に声をかけた。
「あのっ……ありがとう。岩泉君」
「気にすんな。さっさと帰れよ」
岩泉は名前の方を見ることもなく、そそくさとその場を離れてしまった。
その背中を見つめながら、胸が高鳴る。
何年経っても変わらない、ヒーローのようなその姿がとても嬉しかった。