京谷賢太郎を笑顔にしたい女の子【完結】
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episode.10「賢太郎君」
——9月の中ごろ。
夏休みも終わり、すっかりいつもの日常が戻った。
「はい、これ。約束の」
「おう、さんきゅ。聴いてみるわ」
登校してくるなり、私は廊下で会った矢巾君にCDを渡した。
彼とは音楽の好みが合うので、共通で推しているアーティスト以外にも、オススメのCDの貸し借りをよくしている。
「昨日のテレビ見た?」
「見た。あの曲も入ってんの?」
「うん!何曲目だったかな…」
矢巾君とそんなやりとりをしていると、すぐ横を京谷君が通り過ぎる。
「あ、京谷君。おはよ!」
「……おう」
京谷君とは相変わらず。
昼休みには屋上に押しかけ、2人の時間を過ごさせてもらってる。
けど、それ以外にこうして校内で会っても、彼の対応はとても冷たい。
どうしても一匹狼に戻ってしまう。
今も、目も合わないくらいそっけない態度で教室へ行ってしまった。
「あいつ、部活復帰したんだよ」
その背中を睨みつけるように矢巾君が呟いた。
——部活戻ることにした
そうメールで言ってくれたとおり、今は部活に専念しているようで私も嬉しい。
でも、同じ部である矢巾君は色々と思うところがあるみたいで
「3年が引退したんじゃねーかって思ったらしい。でも先輩たち、春高まで残ってんだ。謝罪もしねぇで生意気なクチ聞いててよ」
と、あまり良くは思っていないようだった。
「そうなんだ……」
謝罪もなく生意気なことを言う京谷君、安易に想像できる……
「でも……」
「?」
「……やっぱ、うめぇんだよな」
悔しそうな、でも少し嬉しそうな
矢巾君は複雑な表情だった。
京谷君に問題はあったとしても、徐々にチームメイトに受け入れられていけそうだ。
それがわかってホッとした。
「ま、矢巾君も頑張って」
励ますように私の頭くらいの高さにある肩に手を置く。
「なんでお前が偉そうなんだよ」
文句を言う矢巾君に手を振って、教室へ向かった。
と、ドアのすぐ横に京谷君が立っていて私は思わず足を止める。
「わ、びっくりした」
「……あいつと仲良いよな」
「え……あぁ、矢巾君?」
意外な話題だった。
しかも教室で話しかけられるのは初めてだったので、余計に驚いた。
そういえば京谷君と初めて関わったときも、矢巾君と一緒にいる時だったっけ。
「うん。去年同じクラスだった。好きなバンドが一緒で」
「あいつチャラいから気に食わねー」
「あはは、ちょっとね。でも面倒見良くて優しくて、私はいい人だと思う」
「……そうかよ」
口を尖らせて、どこか不機嫌そうに自席へ行ってしまった。
何だったのだろう?
京谷君の方から話しかけてくれたことはとても嬉しかったけど……
「おい」
と、ボーッと突っ立っていると今度は後ろから声をかけられる。
矢巾君が私を追ってきたようだ。
手には先ほど貸したCDを持っている。
「これ、中身空じゃねーかよ」
そう笑いながらCDを開いて見せてきた。
そこは丸く形どられているだけで、肝心のディスクが入っていない。
「えっ!本当だ!あー、ごめん!コンポの中だ!」
「おっちょこちょいか!」
「よくやるんだよね」
昨日の夜も聴いていたから、そのままコンポの中に入れっぱなしにしてしまっていた。
おまけに朝は時間がなくて慌てていたから、空のCDだけを持ってきてしまったんだ。
「ごめん、明日ちゃんと持ってくる」
「頼むぞ」
まぬけな出来事に矢巾君と2人で笑っていた。
と、それはまた、突然だった。
「来い。名前」
京谷君がズカズカと近付いてきたかと思うと
突然腕を掴まれる。
呆気に取られている矢巾君を残して
連れ去られるように教室を出た。
廊下を進み、階段を上がり
気が付けばいつもの屋上扉の前へ。
扉を開けることはなく、その踊り場で京谷君は私の腕を離した。
「……どうしたの?」
「……なんでもねー」
私は登校してきたまま肩に鞄をかけたままで
手には中身のないCDケースを持っていて
掴まれていた腕は少し痛みが残ってるし
京谷君はなんだか機嫌が悪そう。
何でもない、わけがない。
「…え、でも……」
「なんか、矢巾と楽しそうなのがムカついただけだ」
「!」
胸を撃ち抜かれた。
子どものように口を尖らせてそう言う京谷君に、一気に愛おしさが込み上げる。
まさか……京谷君が……
「あの…京谷君、それは……」
「あ?」
ドキドキと胸が高鳴る。
京谷君に自覚はあるのか…
なくてやっていることなのか…
どちらにしろ、彼が私に対してそんな感情を持ってくれたことが、嬉しすぎて声にならない声をあげてしまう。
「〜〜〜!!」
「なんだよ」
「ヤキモチ?」
「は?」
「妬いてくれてるの?」
彼は驚いて目を見開いた。
やっぱり無自覚だったようで、ガシガシと後頭部をかく。
困っている時にやるやつ。
「………」
そして見る見る、赤くなっていく表情。
「………」
釣られるように、私も顔が熱くなる。
きっと2人して耳まで真っ赤。
気まずい空気を打ち消すように、京谷君が少し大きい声を出した。
「そんなの、わかんねーよ!お前もうあっち行け!」
「京谷君が連れてきたのに」
「うるせ。教室帰れ」
「え〜……」
顔を背けてしまった京谷君を残して、仕方なく階段を降りる。
振り返ると表情の見えない京谷君の耳はまだ少し赤い。
なんだかこのまま離れてしまうのは勿体無い気がして、私は階段を降りる足を止め、再び上へ上がった。
「なんだよ、行けって」
「下の名前呼んでくれたの、初めてだった」
——来い。名前
唐突すぎて聞き逃しそうだったけど、確かにそう呼んでくれた。
「……忘れろ」
気まずそうにまた、後頭部をかく京谷君に私は首を振る。
「忘れない。私も”賢太郎君”って呼んでいい?」
はぁ、と困ったように息を吐いた。
強面で、いつも怒っているみたいでも
迷惑そうにしていても
本当は優しいことを知ってる。
きっと「好きにしろ」って答えてくれる。
「……好きにしろ」
ほらね。
満面の笑みを向けると「戻るぞ」と言って京谷君は階段を降りていった。
——昼休み
いつものように屋上の扉を開けて
開口一番大きな声を出した。
「賢太郎くーん!!」
「……もうお前やだ」
ベンチに座っていた京谷君が白けた表情で私を見てきた。
私は少しも気にする様子もなく、ニコニコと隣に座る。
この人が好き。
京谷君……賢太郎君も、無意識に嫉妬する程度には、私のことを気にかけてくれている。
それだけで、今は幸せ。
