京谷賢太郎を笑顔にしたい女の子【完結】
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episode.09「一番かっこいい」
午前10時。
市民体育館へ足を運ぶと、京谷君の言っていたとおり、社会人チームの練習が行われていた。
キュ、キュとシューズが床に擦れる音、ボールが跳ねる音、気合いの掛け声が開け放たれた体育館の扉から響いてくる。
誘ってもらえたことが嬉しくて、思い切って来てしまったけど、今になって緊張してくる。
ただの見学とはいえ、これまで全く縁のなかった世界に飛び込むような気持ちだ。
扉の端から少しだけ顔を出して中を覗くと、男女関係なくたくさんの人が集まっていた。
皆がスポーツウェア姿で、腕と脚にはサポーターを着け、各々の練習に励んでいる。
ひとりだけ場違いな居心地の悪さを感じ、目を凝らして京谷君の姿を探したけど、それらしき人は一向に見つからず、心細さを感じ始める。
と、扉のそばに立っていた人に声をかけられた。
「お、見学かな?」
お父さんくらいの年齢に見える男の人。
無精髭を撫でながら優しい笑顔を向けてくれた。
「こ、こんにちは」
「こんにちは。興味あるの?バレー」
何と答えたら良いのかわからず固まってしまった。
見学は見学だけど、別にバレーをやりたくて来たわけではなくて…
でも、よく考えたここにいる人たちは皆、真剣にバレーに打ち込んでいる人たちで…
「好きな人を見たいから来ました」なんて口が裂けても言えない…
「えっと……」
「俺の連れっス」
言葉に詰まっていると、突如隣に現れた京谷君。
首にスポーツタオルをかけ、額には汗が光っている。
「悪い。走り行ってた」
言いながらスニーカーからバレーシューズへと履き替え始めた。
途端にホッとした。
それに
——俺の連れっス
……なんか嬉しいな。
その様子を見て、横のおじさんは嬉しそうに笑った。
「へぇ〜賢太郎の!どうぞ、入って見ていきな」
促されるままに体育館に入らせてもらい、隅の方で腰を下ろす。
最初は「誰?」「賢太郎の友達だって」と少しの注目を浴びてしまったけど、数分もすれば皆はバレーに夢中になっていて、居心地の悪さはなくなった。
「賢太郎!もっと周り見ろ!」
「うっす!!」
「前、前!サボってんじゃねぇぞ!」
「はい!!」
コーチに厳しくされながらも、ひたむきにボールと向き合っている京谷君の姿はとても新鮮だった。
普段の学校生活では見られない好きな人の一面に胸が躍った。
「ナイスキー!賢太郎!」
「今のすげーインナーだったな!」
スパイク練習になると一層生き生きとして
気持ちよく決めると、拳を握り大口を開けて子どものように笑っていた。
あんな楽しそうな表情の京谷君は初めて見た。
ここではいつも、あんなふうに笑っているんだ。
あの笑顔を見られただけで、勇気を出してここに来られてよかったと思える。
私は今日、好きな人が一番かっこいい姿を見ることができた。
ーーーーーーーーーー
「お疲れ様。すごかったね」
休憩時間に入り、体育館前の木陰で腰を下ろした京谷君に用意してきたスポーツドリンクを手渡しながら隣に腰掛ける。
「おう、さんきゅ」
京谷君はそれを半分ほど一気に喉へと流し込んだ。
「バレー、楽しそうだった」
「まぁ、うまくいかねぇとイライラするけど、基本面白ぇ」
朝からロードワークした後にあれだけの練習をこなして、汗もたくさんかいて、体は疲れているはずなのにどこか楽しそうで
そんな様子の京谷君に今なら聞けると思った。
今まで気になっていたけど、なんとなく触れてはいけないと思っていたこと……
「……部活には戻らないの?」
「あ?」
案の定、京谷君の眉間には皺が寄った。
「ごめん、戻れって言いたいんじゃないの。矢巾君は怒ってたけど、何か理由があるなら無理に部活に行くことないと思うし。京谷君には今みたいに楽しそうにバレーしててほしい」
「………」
「私はバレーのことは何もわからないけど、でもね、たまたま同じ学校に集まった同年代のチームメイトと、今だけのチームでプレーができたら、それはそれで素敵なことだと思うんだ」
「!」
こんな偉そうなこと言って、怒られるかな?と思って顔を覗くと、京谷君は黙ったまま何か考えているような顔をしていた。
「おせっかい、ごめん…」
「いや……」
「学校でも京谷君がバレーしてるところを見たいと思っちゃったんだよ。ただそれだけ」
なにやら難しい顔をしている京谷君にニッと笑顔を向けると
「なんだよ、それ」
と、呆れたようにそう言って、少しだけ笑ってくれた。
その後、練習の邪魔にならないよう、休憩が終わる頃に私は帰らせてもらった。
次の日、そしてその次の日も
それから一週間、二週間が経っても
あのコンビニに京谷君が現れることはなくて
やっぱり余計なことを言ってしまったかな…と不安になり始める頃、京谷君から初めてのメールが届いた。
『部活戻ることにした』
たった一言の文面にすごくテンションが上がって、携帯を放り投げそうになった。
嬉しい。
すごく、すごく嬉しい。
京谷君が何かを吹っ切れて、部活に戻ると決意したこともそうだけど
それを真っ先に私に報告してくれたことが何よりも嬉しい。
『宇宙一応援してる!!!!』
と送り返したけど
返事はないまま、長かった夏休みが終わった。
