京谷賢太郎を笑顔にしたい女の子【完結】
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
episode.08「不意打ちの」
夏休みが始まった。
私が足繁く通う場所は、学校の屋上から近所のコンビニへと変わった。
——恋をするってね、ほとんどストーカーみたいなものよ
今ならミサのこの言葉の意味をよく理解できる。
さすがに毎日はやめておいたけど、用事がなくてもふらりとコンビニへ足を運んだ。
京谷君はバレーの練習帰りに寄ることが多いようで、なんとなく会える時間帯もわかってきた。
チキンを頬張る京谷君の隣で、私はアイスを食べたり、ジュースを飲んだり
たった数分でも、夏休みに好きな人に会っている特別感が嬉しかった。
「宿題、進んでる?」
「そんなわけねーだろ」
「夏休み、どこか行った?」
「バレーしかしてない」
「今度夏祭りがあるんだって!」
「興味ねぇかな」
京谷君との会話はいつもその程度で、盛り上がるわけではないし、決していい雰囲気ともいえないけど、なぜか居心地がいい。
心なしか、前より彼の表情も柔らかくなった気がする。
でも、あれからやっぱりまだ笑顔は見られない。
私は、京谷君に笑ってほしいのにな…
少し話をして、というか一方的に話す私の話を聞きながらチキンを食べ終えると、京谷君は必ず家まで送ってくれた。
陽が落ちはじめ、空が紅く染まる夕暮れ時。
京谷君が押す自転車のカラカラと回る音を聞きながら歩く。
今日も会えてよかった、と思える時間だ。
「クラブチームってどういうところ?」
私は今までなんとなく気になっていたことを聞いてみた。
毎日のように京谷君が通っているその場所のことを知りたかったから。
「部活ならなんとなく想像つくんだけど」
「年齢関係なくバレーができる、同好会みたいな感じだな」
「同好会か」
「今は大学のチームと社会人チームに混ぜてもらってる」
「大人とバレーやってるの?すごい!」
「別にすごくはねぇよ」
体育の様子を見ていると、京谷君の身体能力の高さが伝わってくる。
球技大会ではドッジボールとソフトボールに出ていたけど、すごく活躍していた。
「……見てみたい。京谷君がバレーやってるところ」
絶対に絶対に、すごくかっこいい!
そういう期待も込めて京谷君を見上げると、照れ臭そうに目を逸らされてしまった。
「そんな珍しいもんでもねーよ」
「私にとっては珍しいよ。学校では見られないから」
ガシガシと乱暴に後頭部をかく京谷君。
困っている、というか、面倒くさがってる時にいつもやるやつだ。
「……あの、ごめ——」
「市民体育館。来れば?」
謝ろうとすると、意外な言葉が返ってきた。
「えっ」
「明日土曜だし、朝からやってる」
「えっ嘘っ、こんな部外者が行っていいの?」
「別に見学するくらい問題ねぇだろ」
「え…じゃあ、明日…行ってみようかなぁ」
「好きにしろ」
わぁ。嬉しい。
京谷君が誘ってくれた。
自分の好きなことに、私を誘ってくれた。
嬉しいなぁ。
顔がニヤけるのを必死に抑える。
気がつけば、家がもう目の前まで見えている。
いつもなら寂しくなるこの瞬間も、今日は違った。
明日も会える。京谷君が誘ってくれたから。
「じゃあ——」
「また明日」と続けようとしたら、突然うちの玄関の戸が開いた。
中から母が出てきて、郵便受けを開け新聞を取り出していた。
そしてふと顔を上げた母と目と目が合う。
「あら!」
母が驚いた声をあげ、私と京谷君は固まる。
「あらあら!まぁまぁ!」
道路まで出てきた母は私たち2人の顔を交互に見てきた。
その表情はなぜかとても嬉しそう。
反対に私はとても気まずい気持ちになる。
悪いことをしているわけではないし、堂々としていればいいとわかってはいるけど、予期せぬ事態に体が動かない。
母には京谷君のことを話したこともなかったし、何より男の子と2人でいるところを親に見られるなんて、恥ずかしくてたまらない。
ただの男の子ではなく、私の”好きな人”だから尚更。
と、固まって動けない私の横で、京谷君が母に向かって頭を下げた。
「ども。苗字さんと同じクラスの京谷賢太郎っす」
私とは正反対に、少しも動じていない男らしく堂々とした態度。
かっこいい、と素直に心がときめいた。
そんな京谷君を前に母もにっこりと笑顔を返す。
「こんばんは。名前がいつもお世話になってます」
「いえ」
「あのっ……暗くなるからって送ってもらったの」
私も何か言わなくちゃ、と口をついて出てしまったけど、なんだか言い訳くさくなってしまった。
「そうなの。わざわざありがとうね」
「うっす」
母はニコニコしていたかと思うと、不意に真剣な表情になり、マジマジと京谷君を見始めた。
京谷君は居心地悪そうに目を泳がせる。
「ちょっと」と私が止めようとすると
「ねぇ、その髪ってどうなってるの?」
真面目な顔つきでそう聞いた。
瞬間、京谷君がフッと笑った。
「似たもの親子すぎだろ」
笑った…
京谷君が笑った。
不意打ちの、笑顔。
やっと見られた、笑顔。
お母さんナイス!!と心の中で叫ぶ私。
「もともとは黒髪で、金髪に染めて、この部分を刈り上げてるんだよ」
「まぁ、すごいわねぇ」
得意げに母に説明すると京谷君が「やめろ」と小声で言ってきたので小さく謝る。
「じゃあな」
京谷君は自転車の向きを変えてまたがった。
「うん、送ってくれてありがとう」
「気をつけて帰ってね」
「うっす」
最後に母に頭を下げ、勢いよくペダルを漕ぎ
あっという間に小さくなっていく背中。
それを見送り、玄関の戸を開けながら母はまだニヤニヤしていた。
「ちょっと強面だけど、いい子そうね」
「うん」
「……まさか、彼氏?」
「……になったらいいな、と思ってる人」
「キャー!!」
「声大きい!お父さんには言わないでよね!」
「わかってますー」
