京谷賢太郎を笑顔にしたい女の子【完結】
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
episode.07「距離感」
昼食を済ませた後、屋上へ行く毎日が始まった。
京谷君の分もジュースを買っていったり、家からお菓子を持っていったり。
ジュースは飲んでくれるけど、お菓子は好き嫌いがあるようで、「いらね」と断られることもあった。
そんな日は私がひとりお菓子を食べている横で、居眠りしていた。
話をするのはいつも私の方で、京谷君は時々相槌を打つ程度。
相槌すらないな…と思って横を見ると、やっぱり寝ている。
それでも、この空間が心地よかった。
梅雨が明け、本格的な夏が始まり
日当たりが良い屋上はとても暑かったけど
汗だくになっても、私は通うことをやめなかった。
2人で過ごす時間は私にとって特別で、この空気感がとても尊くて
京谷君への気持ちはどんどん大きくなっていった。
これだけ毎日彼のところへ通っていたら、いい加減私の気持ちに気付かれてるかも。
そう思うけど、別に良かった。
そんな日々を2週間ほど過ごし
明日で1学期が終わる。
明日は修了式だけだから、昼休みをここで過ごせるのは今日が最後になる。
京谷君の横は、いまだにとてもドキドキするけど、前より緊張せずに話ができるようになったと思う。
「ねぇねぇ、ずっと前から気になってたんだけど…」
「……あ?」
昼食を終え、携帯をいじっている京谷君の横顔に話しかける。
「その髪ってどうなってるの?」
金髪の頭をまじまじと見た。
京谷君は視線を携帯の画面に向けたまま「なんだよ急に…」と面倒くさそうに答えた。
私は構うことなく顔を近付ける。
「もともとは黒髪なんだね。それを金髪にして…この部分を刈り上げてるから……へぇすごい!」
2本の黒の刈り上げ部分が気になり、つい手を伸ばす。
「おい」
「ん?」
「ちけぇ」
頭を見るのに夢中になっていた私は、随分と距離を詰めてしまっていたようで
視線を合わせてきた京谷君と数センチほどの間隔しかないことに気付く。
「あ、ごめんっ」
気付いた途端顔が熱くなり、慌てて距離を取る。
なんとなく背筋を伸ばして、膝を揃え、まっすぐに座り直した。
「遠足の時も思ったけどよ」
「はい」
「お前、距離感バグってる時あるから気をつけろよ」
「すみません。気をつけます」
きっと、あの時のことだ。
——普通そのままいくかよ
思い出すと、今でも恥ずかしい。
——自分で持って食えよ
でもあの時に、京谷君が初めて笑ってくれたんだ。
いつもの彼とは別人のような表情に、私は雷で打たれたように動けなくなったんだ。
あの笑顔をまた見たい。
また笑ってほしい。
でも、あれから一度も、彼が笑ったところを見たことがない。
「……京谷君は、反対に人と距離取りすぎだよ」
「あ?」
なぜか少し泣きそうになって、堪えたら声がかすれた。
それを誤魔化すようにわざと少し大きな声を出して、明るく笑う。
「だから、京谷君には私くらいがちょうどいいと思う」
「………」
「………」
……やってしまったかもしれない。
告白に近い発言だった。
これじゃ、「私なんてどうですか」と勧めているようなものだ。
気持ちに気付かれても良い、とは思っていたけど
黙ってしまった京谷君の表情は微妙で、すぐに後悔が押し寄せた。
——キーンコーン カーンコーン
昼休み終了の鐘が鳴る。
「戻るぞ」
立ち上がり、扉の方へ向かう京谷君の表情は見えない。
引いた? 迷惑?
こんな屋上にまで毎日押しかけてきて、うざかった?
京谷君を好きになって、仲良くなりたくて
その一心で行動してきたけど
私は自分の気持ちを押し付けてばかりで。
京谷君の気持ちは一向にわからなくて
ずっと不安で、今になってすごく怖い。
このまま扉を開けて、教室に戻って
夏休みに入って会えなくなってしまったら
全てがなかったことになってしまいそうで。
「ごめんなさい。調子に乗った」
京谷君が校舎の扉に手をかける直前、私は思わず彼の腕を掴んで引き留めた。
「怒った?」
前を向いたまま黙っていたかと思うと、京谷君は突然ガシガシと乱暴に後頭部をかく。
「なんつーか、お前の行動……いつも調子狂うんだよ」
振り返った表情は、何やら困惑しているようだったけど、怒っているわけではないようで少し安心した。
「困らせるつもりはなかったんだけど…」
「だろうな」
「でも、もっと笑ってほしいな、とは思ってる」
「………」
京谷君はバツが悪そうにまた頭をかいた。
「……それに、夏休みも京谷君に会いたい」
顔を見上げてそう言うと「そういうとこだよ…」と呆れたように小さく呟き、校舎の扉を開けた。
「鍵、閉めるぞ。さっさと出ろ」
「あ、ごめん」
校舎の中へと戻り、ガチャリと鍵が閉められた。
なんだかすごく寂しい気持ちになって、動けなくなってしまった。
「………」
「先、戻るな」
「あ、うん」
鍵をズボンのポケットにしまいながら、京谷君は階段を降り始める。
行っちゃう。
こんな微妙な空気のまま。
夏休みになっちゃう。
会えなくなっちゃう。
と、思ったら
階段を二段ほど降りたところで、京谷君は一度立ち止まった。
「あのハミマよく行くから、そのうち会うだろ」
「!」
そう言い残し、行ってしまった。
両手で口元をおさえる。
嬉しくて嬉しくて、頬がゆるむのを抑えられないから。
”そのうち会うだろ”
ぶっきらぼうで不器用だけど、優しさが隠しきれていないこの一言が、一瞬で私の心を満たしてくれた。
ありがとう。大好き。
下の階へ消えていく背中に向かって心の中で呟いた。
確実に私たちの距離は縮まっている。
そう思う。
夏休みもきっと、京谷君に会えるよね。
