京谷賢太郎を笑顔にしたい女の子【完結】
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episode.05「初めて見た」
クラスの親睦を深める遠足は、学校の近くの山へハイキングへ行くという、あまり気分があがるものではなかった。
班ごとにいくつか用意されているチェックポイントを回りながら頂上を目指す、というイベントだ。
「2年の恒例イベントらしいよ」
「ハイキングって小学生かよ」
「さっさとゴールして、さっさと帰ろうぜ」
出発前の整列中。
愚痴を漏らすクラスメイトたちに囲まれながら、私はひとり浮き足立っていた。
ミサとその彼氏の中川君、私と京谷君という、側から見れば不思議な班構成。
だけど、間違いなく京谷君と仲良くなれるチャンス。当の本人はとてもダルそうにしているけれど、一応サボらずに来てくれたし、この機を逃したくはない。
ハイキングがスタートし、私たちはチェックポイントを回りながら頂上へと歩みを進めた。
「京谷君、ちゃんと来てくれてよかった」
「お前しつこそうだし」
「まぁね」
「何で嬉しそうなんだよ」
少し前を歩くミサカップルに次いで、私は京谷君と並んで歩いた。
2人の邪魔をしないよう配慮した結果、このようなペアになった。
そんなに大きな山ではないけれど、頂上が近くなるに連れて、少しずつ道は険しくなってくる。
前を歩いていたミサは中川君に手を引かれながら早々と先へ行ってしまった。
普段からスポーツをしている京谷君はさすがと言うべきか、一歩一歩力強く、軽々と登っていて、私だけが皆から遅れていた。
「ハァ…ハァ……」
普段からの運動不足を後悔する。
と、ズルッと足を滑らせ、「うわ!」と声をあげて盛大に転んだ。地面に手をついて顔だけは守ったけど、両方の膝も掌も泥だらけ。
ミサと中川君は2人の世界なのか、こちらに気付きもしない。
少し前を登っていた京谷君だけが私の声を聞いて振り返った。
「滑っちゃった」
あはは、と笑いながら立ち上がり、膝を叩いて泥をはたく。
あぁ、恥ずかしい。
ジャージだったことがせめてもの救いだけど、それにしたって恥ずかしい。
こんなふうに服と手を汚して、子供みたいって思われたかな。
「鈍臭ぇな」
スッと伸びてきた手が、膝をはたいていた私の手を掴んだ。
そのまま力強く引かれ、ふわりと体が浮くように前に進んだ。
「もう少しだ。頂上見えてる」
京谷君は上を見上げていた。
でも私の視線は目の前の腕に釘付けだ。
すごい。片手で軽々と、ぐんぐん引っ張ってくれる。勝手に足が上へ上へと進んでいく。
大きくて強い、男の子の手。
「……ありがとう…」
恥ずかしくて、それだけ言うのが精一杯。
「おう」と短く返ってきた小さな返事にまた、胸がキュッとなった。
頂上に着き、最後のポイントでチェックを済ませる。
離れてしまったことが名残惜しくて、つい京谷君の手を盗み見る。
と、泥がついていることに気がついた。
「ごめん、手汚しちゃった」
「あぁ。このくらい気にしねぇ」
京谷君は自分の手のひらを見るとなんてことないように呟き、ジャージへ擦り付けた。
「………顔怖いのに、優しいってずるい」
「あ?何だよ、悪口か?」
そうやって向けてくる怪訝そうな顔もまた、胸がキュッとなる。
ーーーーーーーーーー
「京谷、お昼コンビニ?」
「おう」
「俺も。母親に遠足って言うの忘れててさ」
「まぁ、いちいち言わねーよな」
「な!」
頂上でのお昼ご飯。
シートを広げてミサと座り、京谷君と中川君はそばの地面にそのまま腰を下ろした。
2人が何気なく話してるところを見て、心が和む。
こうして少しずつクラスの皆と打ち解けていったらいいな、と思った。
と、京谷君がコンビニ袋からいつものチキンを出した。
「それ、好きなんだね」
「……食ってみる?」
「いいの?」
「もう一個あるし」
包みを剥がしたチキンを差し出され
私は思わずそれにパクリと噛み付いた。
「………」
「………」
少し驚いた表情の京谷君と、目と目が合う。
そこで初めて気がついた。自分の過ち。
つい女友達とやるようにしてしまったけど、これたぶん間違った……
「……うん、美味しい」
沈黙が恥ずかしくて、頷きながらそう言うと
京谷君がブッと吹き出した。
「お前な、普通そのままいくかよ。自分で持って食えよ」
京谷君が大口を開けて笑った。
いつものような眉間の皺はなく
眉尻を下げ、目を細めて笑っている。
こんな顔で笑うんだ……
「……笑った顔、初めて見た」
言った途端、スッと真顔に戻ってしまった。
「そんな笑ってねぇし」
言いながら、私の噛み跡が残ったチキンに勢いよく噛み付く。
ちょっと拗ねているような、恥じらっているような。
少し耳を赤くして、顔を逸らして。
私も、顔が熱い。
……この人、好きだな。
絶対に関わっちゃいけない人だと思ってたのに
好きだな。
「もしかして二人、付き合ってるの?」
中川君の一言に我に返る。
「私もそんなふうに見える」
隣でミサもキョトンとこちらを見ていた。
「あ?そんなわけあるか」
少しも動じずにそう言ってのける京谷君。
バッサリと否定されたことに、少しだけショックを受けた。
「そうそう。違う違う」
私も笑いながら否定した。
「そっか。なんか仲良く見えるからさ」
「うん。京谷が女子と喋ってるとこなんて、初めて見たよ」
「用事がねえからだろ」
そう言いながら2つ目のチキンの包みを開ける京谷君の横顔は、心なしか少し照れくさそう。
私と喋ってくれるのは、用事があるから?
喋る女子は、私だけ?
……私だけなら、いいな。
少しだけ欲が出てくる。
京谷君に対しての欲が。
笑った顔が、もっと見たい。
