京谷賢太郎を笑顔にしたい女の子【完結】
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episode.04「本当は優しい」
5月の終わり、新しいクラスで初めてのイベントが行われる。
「来週の遠足の班、自分らで決めとけよ〜」
担任はプリントを配りながら、適当にそう指示を出した。
新しいクラスの親睦を深める恒例行事、春の遠足が来週に迫っている。
「名前、一緒の班なろー」
1年の頃から仲の良いミサが声をかけてくれた。
「うん」
「中川君もいい?」
「もちろん」
「よろしくなー」
中川君は最近できたミサの彼氏で、彼も同じ1組だ。
「あと誰を誘おうか」
ミサとキョロキョロと周りを探す。
もうほとんどグループができている中、京谷君だけが我関せずと机に突っ伏して居眠りしていた。
「オイ、誰かあいつ誘えよ…」
「えー怖ぇよ」
「遠足なんて来ないだろ」
ヒソヒソとそんな会話も聞こえてくる。
私の中で、何かが吹っ切れた。
「ミサ、私、誘いたい人いる」
「いいよー任せる。ね、中川君」
「おう」
京谷君は「そういうのはいい」って言ってたけど、いつもひとりぼっちなんて、楽しいわけがない。
私は迷わず京谷君の席へ行き、寝ている彼の肩を叩いた。
「京谷君、京谷君」
「……あ?」
不機嫌そうに顔を上げたその迫力に、一瞬身構える。
「い、一緒の班になろ」
絞り出した声は、少し震えていた。
驚いたのか、京谷君の瞳が少しだけ開いた。
少し離れた場所で見守るミサと中川君が焦っているし、クラスメイトたちから注目されているのも感じた。
それでも、私は構わず続ける。
「来週の遠足。一緒の班。ね?」
「………まぁ、いいけど」
「決まり」
「苗字度胸あんな」「名前ちゃん大丈夫かな」なんて声がそこかしこで聞こえた。
恥ずかしい。
私、こういう人間じゃなかったのに。
どちらかというと、おとなしめで目立たない方だったのに。
不思議と体が動いた。
京谷君が、そうさせた。
ーーーーーーーーーー
「苗字」
昼休み後の掃除の時間。
中庭の掃き掃除をしていると、どこからともなく現れた京谷君に声をかけられた。
彼から話しかけられるのも、名前を呼ばれるのも初めてで、私は返事も忘れて固まった。
私の名前、知ってたんだ、とさえ思った。
「どういう流れでああなったのか知らねーけど、なんで俺なんか誘った」
遠足の班決めのことみたいだ。
少し怒っているようにも、戸惑っているようにも見える表情だった。
「遠足、ひとりぼっちじゃ寂しいでしょ?」
「別に。サボるつもりだったし」
「そんなのつまらないよ。私の他に、中川君とミサも一緒の班だから、仲良くするんだよ?」
「誰?」
「クラスメイト!」
面倒くさそうに、京谷君は頭をぼりぼりと掻く。
「こういうこと、もうこれっきりにしろよ」
「迷惑だった?」
「迷惑っつーか、面倒くせー」
「うふふ」
素直な返しに思わず笑みが溢れる。
面倒くさいけど、嫌ではないんだな。
なんだかそのことが嬉しかった。
京谷君はチッと舌打ちをして口を尖らせた。
「もう、俺に構うな。俺はクラスの連中なんてどうでもいいけど、お前まで馴染めなくなるぞ」
そう言うと、背中を向けて行ってしまった。
ほら、結局そうやって自分より私の心配をしてくれる。
知ってるんだから。
本当は優しいって。
「私はクラスの誰よりも京谷君と仲良くなりたい!」
気がつけば彼を追いかけて、ブレザーの裾を掴んでいた。
京谷君はさすがに驚いたようで、目を見開いて振り返る。
「……あ?」
「すぐに球技大会もあるよ?秋には文化祭も、修学旅行も。イベント全部サボる気なの?私は全部、京谷君と参加したいよ」
「………」
「一緒がいい」
ブレザーの裾を握る指先が、無意識に震える。
勢いのままに思っていることを言ってしまった。
京谷君は黙ったまま、反応がない。
「………」
「……遠足、来なかったら怒るからね!」
恥ずかしくていたたまれなくなり、私は掃除をしていた場所へと戻った。
「…なんなんだよ……」
京谷君が最後に呟いた小さな言葉は、私には届かなかった。
