京谷賢太郎を笑顔にしたい女の子【完結】
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episode.03「ハマりそう」
あれから一週間が過ぎたけど、あの夜のことが幻だったように、京谷君とは学校では全く関わることのない他人のままだ。
だって、相変わらずオーラが怖い。
なぜだろう。
優しいところもあるし、意外と話しやすいとも思ったのに、やっぱりこうして見ると近寄りがたい。
改めてお礼を言いたかったけど、教室では話しかけられるわけがなく、また何日も過ぎていった。
「あら、お醤油切れちゃったわね」
夕食の片付けを手伝っていると、母が戸棚を開けながら呟いた。
私は拭きあげた食器を棚に戻し、母に言った。
「私買ってくる。コンビニのでいい?」
「いいわよ。明日お母さん買ってくるから」
「いいからいいから」
「どうしたの?珍しいね」
確かに、自分から買い物へ行くと言い出すのは初めてだった。
母は笑っていたけど、自分で心境の変化に少し驚いている。
なんとなく、この時間にあのコンビニへ行けば、京谷君に会える気がして。
会いたいな、と思っちゃったんだ。
「コンビニのって小さい割にちょっと高いのよね」
「いいの!」
少し渋っている母からお金を受け取り、意気揚々と家を出た。
何かあったときのために、今回はちゃんと携帯電話を持ってきた。
コンビニに着くと、入口の横に座り込んでいる影が見える。
……やっぱり、いた。
まさか本当に会えるとは思っておらず、心臓がドキンと跳ねた。
「こんばんは」
声をかけると、京谷君は手元の携帯から視線を上げ、私を見るなり眉間に皺を寄せた。
「よぉ」
手にはまた食べかけのチキンを持っている。
好きなのかな?
「あの、お醤油買いに来たの」
特に聞かれたわけでもないのに言い訳のようにそう言って、急ぎ足で店舗に入り、目当ての醤油を買った。
店を出ると、京谷君はまだ同じ場所にいたので、なんだか嬉しくなった。
「お前またこんな時間にうろついてんのかよ」
言いながら京谷君は立ち上がり、手に持っていたチキンのごみをゴミ箱へ捨てた。
「あ、うん。でも、前より少し陽も伸びたし」
と言いつつも、もうすっかり陽は暮れて辺りは暗くなっていたので、少し気まずい。
「おら行くぞ」
京谷君は自転車のスタンドを蹴り上げながらそう言った。
思いもよらなかった”行くぞ”の一言に気持ちが舞い上がる。
まさか、また送ってくれるの?
「ボケっとしてんな」
「あ、は、はい!」
自転車を押して歩き出す京谷君の隣に並んだ。
何これ。
顔が怖くて、一匹狼で
友達ではないし、それどころか学校ではまともに目も合わさなくて
絶対に関わりたくないと思っていたのに
わざわざ家まで送ってくれる。
当たり前のように隣を歩いてくれる。
想像もしていなかったそんな姿に、胸が高鳴る。
私、京谷君にハマりそう。
「家、この辺りじゃないんだよね?」
今回こそは、もう少しまともに会話をしよう。
そう思って、一生懸命話題を探した。
「あぁ。学校のそば」
「そうなんだ。今日は何かの帰り?」
「………バレー」
京谷君は少し答えづらそうにそう言った。
そういえば、今の彼はジャージ姿。そして自転車のカゴには大きなボストンバック。
この間もそうだった。
「こんな時間まで部活?」
「ちげーよ。クラブチーム」
「そういうのもあるんだ」
矢巾君とのやりとりを思い出す。
——今年も部活出ないつもりかよ
——もうバレーなんかやめちまえ
あの時、京谷君が怒った理由がなんとなくわかった気がした。
何か事情があって部活には出ていないようだけど、バレーは頑張ってるんだ。
「好きなんだね、バレーボール」
「うるせ」
見てみたいな……京谷君がバレーしてるとこ。
結局、それ以上の会話もないまま私の家に着いた。
「送ってもらっちゃってごめん。この間に引き続き、ありがとう」
「面倒くせーからこれっきりにしろよ」
「……なるべくそうします」
「なるべくとかやめろ」
自転車の向きを変える京谷君の顔を覗き込む。
怖い、と思っていた顔も、今はもう何とも思わない。
なんなら、少しカッコいいとさえ思える。
「んだよ」
「クラスの皆ともそうやって話したり、もっと笑ったりしたらいいのに」
「あ?」
「本当は優しいのに、もったいない」
「うるせ。優しくなんかねーし、そういうのはいい」
自転車にまたがると勢いよくペダルを踏み、猛スピードで行ってしまった。
「ばいばい!また明日!」
背中に声をかける。
街灯の灯りの下で、軽く手を上げてくれたのか見えた。
やっぱりハマりそう…!!
