岩泉一にフラれた女の子【完結】
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episode.14「あいたい気持ち」
「サッこーい!!」
「もいっぽーん!!」
夏休み。
青葉城西の体育館にバレー部員たちの声が響く。
「………」
そして、その裏の歩道には名前の姿。
——夏休みに入り
受験勉強のため町の図書館へ通っている名前。
いつの日からか、図書館へ行く前にここへ寄ることが日課になっていた。
その滞在時間はわずか数分。
道路からこっそり、バレー部の声を聞く。
ストーカーのような行為に悪いことをしている罪悪感を感じつつも
”はーちゃんも頑張ってる”
そう思うと、不思議と自分も勉強を頑張ることができた。
勉強をする日は、朝に家を出て学校前の停留所でバスを降り、バレー部の声を聞いてから図書館へ行って夕方まで勉強する。
時々は家でゆっくりと過ごしたり、時々は加奈子や友人たちと遊びに出かける。
そんな毎日を過ごしていたが、8月が半分ほど過ぎるころ、どこか物足りなさを感じていた。
それははっきりと自分の中に言葉として表れる。
”はーちゃんに会いたい”
そう思えば思うほど、寂しくなる。
他の部員たちと共に聞こえてくる声だけでは、もう足りない。
図書館での勉強後。
名前の足は真っ直ぐ帰宅せず、学校へ向かっていた。
遠目でいい。一目だけ見たら帰るから。
元気にバレーしてる姿を見られたら満足。
本当に少しだけ。
自分にそう言い訳しながら、門を通り、校庭を抜けて体育館へ向かう。
と、いつかのように体育館の方から大きな人影がぞろぞろとこちらへ向かって歩いてくる。
「やばい」と思い、名前はすぐに体の向きを変え引き返した。
「あれ、苗字ちゃんだ!」
やはり一番に気付いたのは及川だった。
無視するわけにもいかず、仕方なく振り返る。
及川の隣には、もちろん岩泉の姿。
久しぶりの好きな人を前に胸が高鳴りながらも、今はこの状況への焦りの方が勝っている。
どうしようっ、会うつもりじゃなかったのに…
どうしようどうしよう……
「私服も可愛いね」
及川にそう言われ、更に追い込まれる。
制服であったなら、先生の手伝いだの委員会だの言い訳を思いついたのだが、ワンピースにサンダルという格好で学校にいるのはあまりにも不自然だ。
「何か用だったのか?」
岩泉に疑問を投げかけられる。
「あの…えっと……」
うまい言い訳も思い付かず、逃げ出すわけにもいかず、恥ずかしさから全身が熱くなってくる。
不思議そうな顔をしている部員たちに注目され、全く言葉が出てこなくなってしまった。
「えーっと…岩ちゃんに用事だよね!俺らは先に帰んね〜」
と、気を利かせた及川は岩泉をその場に残し、部員たちの背を押して歩き出した。
すれ違いざま、及川から軽くウインクされ、名前は申し訳なさそうな表情で応えた。
陽が傾きかけている夕暮れ時。
校庭にポツンと残された2人。
「あの…特に用事とかではなかったんだけど……」
名前が気まずそうにそう言うと、岩泉は不思議そうな顔を向けた。
「そうか……したら、送ってく」
そう言って歩き出す。
「あ、バスか?」
「あー、うん…でも、たまには歩こうかな」
「ん」
学校を出て、岩泉の少し後ろを歩く。
特に会話はないが、穏やかな空気感だった。
すごい、本当に送ってくれるんだ。
私、今はーちゃんと帰ってるんだ。
及川君に感謝だな。
と、嬉しくて内心浮かれていたが、その後ろ姿を見つめているうちにだんだんと申し訳ない気持ちになってくる。
朝から部活で疲れているだろうし、きっと明日も練習があるだろう。
岩泉の気持ちを考えると、迷惑な話だ。
「……ごめん、やっぱりひとりで帰る」
「あ?なんだよ。今さら気にすんな。これどっちだ?」
「あ、そこの角を右です」
「おう」
岩泉の方は本当に全く気にしていない様子でいつも通りだったので、素直に送ってもらうことにした。
きっともう、こんな機会は訪れないと思ったから。
「学校でひとりで何してたんだ?」
家までの距離を半分ほど進んだところで、唐突に岩泉はそう聞いた。
当然と言えば当然の疑問だ。
下手な言い訳もできないとわかっている名前は、正直な気持ちを静かに話し始めた。
「……夏休み、ものすごく長く感じて…」
「ははっ。なんだ、暇だったのか」
岩泉は楽しそうに笑った。
釣られて名前も笑顔になる。
「そんなんじゃないよ」
すぐに笑顔は消え、俯く。
「あの……」
ギュッと目を閉じて、打ち明けた。
「私っ、どうしてもはーちゃんに会いたくて」
——ゴンッ
と、鈍い音が響いた。
驚いて顔を上げると、岩泉が電柱に額をぶつけていた。
「大丈夫!?」
「いって……」
名前は慌ててかけ寄り、鞄からハンカチを出して苦悶の表情で俯く岩泉の額を抑える。
額を確認して、安心したように笑った。
「少し擦りむいてるけど、血は出てなさそう」
言いながらハンカチで傷のゴミを取るように優しくさすった。
と、ほのかに甘い香りが岩泉の鼻を刺激する。
前にも感じたことのあるその香りに、岩泉の体が硬直した。
「ボーッと歩いてたの?」
「………」
無邪気に笑いながら見上げてくる名前に手を伸ばし、唐突に抱き寄せた。
「!!」
名前は突然のことに驚きのあまり動けなくなった。ハンカチを胸元でギュッと握ったまま体を硬直させる。
自分を包む熱く硬い腕の感覚。汗のにおい。吐息。
めまいがしそうだ。
「………うお!!」
数秒間そうした後、我に返った岩泉は慌てて名前の体を離した。
「何してんだ、俺……意味わかんねーよな。悪い」
「ううん……」
ガシガシと強く自分の頭をかき、再び歩き始めたので、名前もその後を追った。
前を歩く岩泉の表情は名前からは見えないが、耳は真っ赤に染まっている。先ほどよりも少し早歩きになっているのは無自覚だろうが、テンパっている様子が伺えた。
名前の方も沸騰しそうなほどに顔が熱い。
結局それ以上会話はなく、名前の家に着いた。
「送ってくれて、ありがとう」
「おう」
「あの……またね」
「おう」
最後は名前の方を見もしないで、岩泉は背を向け帰って行った。
その背中が角を曲がり見えなくなると、名前は力が抜けたようにヘナヘナと地面に座り込む。
抱き締められた……
はーちゃん、どうして……
恥ずかしさから顔を覆う。
あの時の岩泉の腕の力強さが、いつまでも全身に残っていた。