岩泉一にフラれた女の子【完結】
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episode.13「香り」
名前は家に帰ってすぐに、岩泉のスポーツタオルを洗濯し、乾燥まで済ませた。
青色で男性用のデザインのそれが家族に見つかることが恥ずかしかったからだ。
次の日。
そのタオルを丁寧に畳んで鞄へとしまい、学校へ向かった。
「おはよう」
「おう」
教室で岩泉と挨拶を交わす。
前日までのような緊張感や気まずい空気感はなくなり、2人に笑顔が戻った。
「これ、ありがとう。ちゃんと綺麗にしてあるから」
「おう。別にいつでもよかったのによ」
名前がタオルを返すと、岩泉はそれを鞄にしまった。
その日の放課後。
青葉城西バレー部には他校が練習試合に来ていた。
「………」
試合前、岩泉はそのことに気付いた。
タオルで汗を拭くと、いつもよりいい香りがする。
確認をするように、顔を拭きながら思いっきり鼻から空気を吸い込んでみた。
途端、甘く優しい香りに包まれ、ふわふわと力が抜けそうになる。
「………」
間違いなく、自分の家のものとは違う香り。
名前の家の洗剤だろう。
そんなことを考え、ふと、我に返る。
何してんだ、俺。こんなの、まるで変態だ。
と、ひとりで恥ずかしくなり、タオルを椅子の上へ乱暴に戻した。
「あれ?苗字ちゃん?」
「あ?」
突然隣で呟いた及川の声に体が大きく反応する。
及川の視線の先には、相手チームの女子マネージャーの姿があった。
「あ、違った。ねぇ岩ちゃん、あっちのマネ、雰囲気苗字ちゃんに似てない?」
「全っ然似てねぇ!」
「え、なんでそんな怒ってるの」
「別に怒ってねぇ!!」
「いや、怒ってるじゃん…」
試合が始まった。
が、タイムアウトのたびに汗を拭うタオルからは尚も甘い香りがし、使う度に岩泉の集中を削いでいた。
「どうした、岩泉」
「すいませんっ」
「練習試合だからって気抜いてんじゃねーぞ!」
調子の悪い岩泉にコーチからの喝が入る。
試合には勝ったものの、自分の不甲斐なさに情けなくなった。
タオルの匂いくらいでだらしねぇ。
と、舌打ちをしながらトイレに向かった。
「お、岩泉。ちょうどいいところに。ちょいタオル貸して」
ちょうど入れ違いでトイレから出てきた花巻は、どうやらタオルを持ってこなかったようで、濡れた両手を振って水気を飛ばしている。
「嫌だ」
「えっ、いいだろ少しくらい!」
「ダメだったらダメだ」
花巻は半ば強引に岩泉が持っていたタオルを奪い、両手を拭いた。
「あー!くっそ!花巻くっそ!!」
「ケチケチすんなよ」
廊下には岩泉の怒りの叫びと花巻の笑い声が響いた。
ーーーーーーーーー
その夜。
家に帰った岩泉は、バッグからそのタオルを出した。
「………」
顔に近づけると、ほのかにまだいい香りが残っている。
が、部活中に自分が使ってしまったのと、ずっと鞄に入れていたせいで、ほとんどその香りは失われつつあった。
あと花巻に使われたせいもあるだろう、と舌打ちをした。
と、我に返り、そんな自分にゾッとした。
これじゃ完全に変態だ。
早くこのタオルをどうにかしないと、この香りは自分をおかしくする。
「かーちゃん!このタオル洗ってくれ!」
そう叫びながらタオルを洗濯カゴに叩きつけるように入れた。
「何よ改まって。いつも洗ってるじゃない」
「しっかりな!頼んだぞ!」
「変な子ね」
ーーーーーーーーーー
数日後。
朝、用意されていた部活用のスポーツタオル。
……あのタオルだ。
「………」
鞄に入れる直前、岩泉はこっそりと鼻を近づける。
あの甘い香りはすっかり消えていて、岩泉はホッと胸を撫で下ろした。
これでバレーに集中できる。
その反面、少しだけ残念に思う自分もいた。
「おはよう」
「お、おう」
登校中。
下駄箱でばったりと会った名前に、岩泉は少しだけたじろいだ。
タオルの一件で後ろめたさを感じていたからだ。
「今朝は暑いね」
「もう夏だからな」
周りの生徒たちも、すっかり夏服に姿を変えている。
体の熱を冷ますよう、制服のシャツをパタパタとあおぐ岩泉を名前は不思議そうに見上げた。
「汗、拭いたら?タオル貸そうか?」
「タオル!?だ、大丈夫だ。問題ねぇ。ちゃんと洗ったからな!」
「………?」
タオルに反応した岩泉は少しおかしかったが、あまり気にしないようにした。
他愛の無い話をしながら名前は岩泉をこっそりと盗み見る。
「あっちー」と呟いているが、その姿は爽やかで、こんなにも汗が似合う人はいないと思った。
こんな些細なことに、胸がときめいて顔が熱くなる。
フラれたというのに、岩泉への想いは日々大きくなるばかりだった。
こうして自然と隣を歩けることが嬉しい。
教室までの短い時間だが、名前は片思いの楽しさを感じていた。
岩泉の方も、チラリと名前を見る。
ふわりと揺れる柔らかそうな髪。
夏服に変わった制服の袖から伸びる細く白い腕。
楽しそうな笑顔。
どれも他の女子と変わらないはずなのに、心がざわついてくる。
なんだ、これ。
なんつーか、こいつってこんなに……
経験のない感覚に加え、語彙力の乏しい岩泉には、それ以上の言葉は見つからない。
しかし、確実にタオルの一件によって名前を意識するようになっていた。
11年ぶりの再会、告白、二度目の失恋。
色々あった一学期ももうすぐ終わり
夏休みを迎える。