岩泉一にフラれた女の子【完結】
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episode.12「忘れない」
一週間が過ぎた。
「おはよう」
「おう」
ここ一週間、下駄箱で、廊下で、教室で
朝に顔を合わせたときに交わされる挨拶。
2人の繋がりはたったこれだけになってしまい、目が合うこともない。
もともとそんなに近しい関係ではなかったが、確実にできてしまった”距離”。
あの告白のせいで、関係性が変わってしまった。それは名前にとってフラれたことよりも辛く、深く傷付いた。
”これまで通り”で十分なのに
”これまで通り”なんて無理だった。
——そうかよ
あのときのような笑顔は
二度と見られないのかな……
ーーーーーーーーーー
そんな気まずい空気感で過ごしている2人に、図書委員の仕事が入った。
放課後に図書室に集められた生徒たちの中、少し離れた場所に2人の姿がある。
「大量に本を新調したから、その整理だって」
「全員でやる必要ある?」
「彼氏と映画の予定だったのに〜」
口々に愚痴を言いながらも手を動かしている委員たちの横で、本が好きな名前は比較的生き生きとしている。
あ、この作者さん好き。今度借りよう。
これ気になってたやつ!これも借りよう。
こっちは恋愛小説か…今はいいかな……
そんなふうに考えながら作業を進める。
ここ最近落ち込んでいた名前にとっては、辛かった出来事を忘れられる時間でもあった。
「うっ…あと3センチ背が高ければ……」
棚の一番高い場所にある本を整理している時だった。
踏み台は他の生徒たちが使っているので諦め
、精一杯腕を伸ばし背伸びをしても、届きそうでなかなか届かない。
苦戦していると、隣からスッと手が伸びてきて、名前がしまおうとしていた本がするりと棚に収まった。
「ありがとう…っ……」
手伝ってくれた人物の顔を見て、体が固まる。
相手が岩泉だったから。
途端に全身が熱くなった。
岩泉の方も少し気まずそうに、目を合わせることもなく、次々と本をしまっていた。
「ここは俺がやる」
「うん、じゃあ…お願いします」
名前は静かにその場を離れた。
寂しかった。
前ならきっと、そのまま隣で作業をしたり、部活のことや最近読んだ本のことを話したりできたかもしれない。
でも今、それはできない。
楽しかった図書委員の活動もすっかり気持ちが沈んでしまった。
ーーーーーーーーーー
元のふたりに戻りたい。
このままじゃ、嫌だ。絶対に。
そう思った名前は、その日の帰り際に昇降口で岩泉を待った。
帰っていく生徒たちの一番最後にその姿を見つけ、靴を履き替えている彼に向かって意を決して声をかけた。
「あのっ……岩泉君」
俯いていた岩泉は呼ばれると同時に顔を上げ、名前の存在に気付いた瞬間、驚いたように目を見開いた。
「おう」
周りの生徒たちは誰もいなくなり、2人きりで静まり返った空間。少しの沈黙の後、名前は突然頭を下げた。
「ごめんなさい。私が告白なんてしたから…調子狂うよね」
「……謝ることねーよ。顔上げろ」
岩泉は少し気まずそうに視線を逸らしたまま、ポリポリと指で頬をかく。
「それに、俺が無理やり合わせたようなモンだったろ」
「……なんかさ、気まずいままなの嫌だし、もう忘れてほしいの。あの時言ったこと、全部」
「………」
「私も、もう気にしないようにするから、今までみたいに戻りたい」
名前のその言葉が腑に落ちないのか、岩泉は眉間に皺を寄せた。
「俺は忘れねぇよ。たぶん、一生」
少し怒っているような岩泉の言い方に、今度は名前の方が驚いた表情をした。
「だからお前も、なかったことにしようとするな」
「………」
「………」
また、少しの沈黙。
校庭の方からは、部活に勤しむ部員たちの声が小さく聞こえるが、2人きりの昇降口は静まり返っている。
岩泉は体を名前の方へ向けて、正面から顔を見つめた。
「あん時、ちゃんと言ってなかったけどよ……ありがとうな」
「……え?」
「応えられなかったけど、お前の気持ちは嬉しかった」
「…っ……」
「だから、ずっと忘れねぇ」
名前の瞳から涙が溢れ出した。
そういうとこだよ、はーちゃん。
好きだよ。
「ううっ……」
涙と一緒に溢れた気持ちは言葉にはできず、名前は頬を伝う涙を手のひらで拭った。
と、目の前に差し出されるスポーツタオル。
岩泉がバッグから取り出したものだ。
「………」
あっけに取られぼんやりしていると、顔に押し付けられた。
「うっ」
「泣き虫は変わってねーのな」
そのタオルを両手で受け取り、岩泉を見上げると楽しそうに笑っていた。
「まだ使ってねぇから安心しろ。ハンカチとか持ってねぇし」
久しぶりの笑顔を見られた。
胸がギュッと押しつぶされそうに苦しい。
嬉しすぎて笑みがこぼれる口元を、岩泉のタオルで隠す。
意外なほどにふわふわと柔らかく、優しい感触にさらに涙を誘われた。
「……時間の無駄だなんて思わないよ」
「?」
「私、ずっと好きでいたい。はーちゃんのこと」
「っ……」
素直な名前の言葉に、今度は岩泉の方が言葉を失った。
「………」
「………」
「まだ練習やってるから、もう行かねーと。また明日な」
少しの沈黙の後、岩泉はそう言って体育館へと行ってしまった。
名前は去り際の彼の耳が赤くなっているのが見えて、恥ずかしさやら、嬉しさやら、色々な感情から叫びたくなったのを堪え、岩泉のタオルに顔を埋めた。
先ほどからほんのりと香ってくる爽やかな良い香りは、彼の家の洗剤だろうか。
そう考えただけで、どうにかなりそうだった。
こんなにも誰かのことを好きになれた。
こんなに胸が高鳴る想いを知った。
それが無駄なわけがないよ。
何度フラれてもいい。
報われなくてもいい。
はーちゃんを好きになれた気持ちを、私も忘れない。