その笑顔に導かれ/エース
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廊下の隅に重ねられた新聞の束。
旦那様が読み終えたもので、もう少し溜まったらゴミ置き場へと運んで処分するもの。
束の上から一番新しいものを手に取って、食い入るように見る。
空き時間の楽しみのひとつだった。
この屋敷と、それを取り囲む小さな街が私の世界の全て。
でも目の前に並んだ活字の中には、自分では想像もできないような大きな世界が広がっている。
まるで誰かが考えたおとぎ話のような夢の世界で、しかし実際は私も生きているこの世界のどこかで現実に起こっている出来事。
それはそれは、胸が躍った。
”海賊”
毎日のように新聞を賑わせている彼らに、私は興味津々だ。
今のこの時代は”大海賊時代”と言われているだけあって、次々と新しい海賊が名を上げる。
「…あ、この人も”D”……」
彼らは何のために、ここまで政府に立ち向かい、大暴れするのだろう。
海でどんな暮らしをしているのだろう。
どんな人達なんだろう。
私も男に生まれていれば、海賊になれる?
いや、女にだってきっと……
海の向こうにいる彼らの存在に
私は毎日、心惹かれている。
〜その笑顔に導かれ〜
「奥様、買い物に行ってまいります。夕食の準備には戻りますね」
「えぇ。気をつけて」
「はい!」
大きなカゴを腕にさげ、屋敷を出た。
小さな町の外れ。緩やかな丘の上に建っていて一際目を引くこの屋敷で、私は使用人をしている。
病弱な奥様の手助けをし、家事を全て引き受けながら住まわせてもらっていた。
旦那様は無口で厳格な人だけど、身寄りのない私を引き取ってくれたことには感謝している。
基本的にはいつも屋敷の中にいて、3日に一度、買い出しのためにこうして街へ行くことを許されていた。
ーーーーーーーーーー
商店街の外れにある広場のベンチに腰掛け、ハンカチで顔周りの汗を拭く。季節は夏。だとしても、ここ数日は一段と暑い気がする。
仕事着であるメイド服は真っ黒で、生地も分厚い。膝下まで丈のある長いスカートがこの季節はうっとうしく感じる。
そのスカートの丈をパタパタすると、少しだが足元に涼しい空気が送られた。
この行為はあまり品が良いとは言えないのでお屋敷では絶対にできないし、今も誰も見ていないことを確認してからやっている。
水筒の水で喉を潤し、カゴの中身を確認した。
旦那様のコーヒーと、奥様の紅茶。
あとはいつもの薬と3日分の食料。
よし、買い忘れなし。
暑い中歩き回って疲れたから、このまま少し休憩してから帰ろう。
そう思い、ベンチに背をあずけた時——
——ウォォォーー!!
遠くから怒号が響き、周りの人達もざわついた。
「なんだ、なんだ」
「海賊同士の抗争だろ」
「勝手にやってる分にはいいが…ここまで来ないといいな」
そばにいたおじさん達の会話に興味が湧く。
そういえば、先ほど薬屋の店主から「海岸に海賊船が停泊している」と教えてもらった。しかも2隻。近付かない方がいい、とも言われた。
この島に海賊が訪れるなんて珍しい。
それも2隻も同時に。
”海賊同士の戦い”
なんて刺激的な響き。
普通の人ならただただ恐怖を感じるのだろうけど、私は好奇心を抑えられなかった。
海岸は林を抜ければすぐそこだ。
広場の時計を見る。
夕食の準備まで、まだ時間はあった。
「……ちょっとだけ…」
我慢できず、林へと向かった。
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