山口忠と積極的な女の子
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
episode.03 「落ちたとき」
2人が3度目に話をしたのは、あれから数日が経った昼休みだった。
早々に弁当を食べ終え、月島は音楽を聴きながら自席で昼寝を始めてしまったので、山口はボールを手にひとり中庭へと足を運んだ。
初めは壁打ちをしていたが、ひとりの寂しさと真冬の寒さに気持ちが萎え、隅のベンチに座り凍えた指先に吐息を吐く。
と、足音が近付いてきたのでそちらの方を見ると名前だった。
「山口君」
「苗字さん」
ドキッとした。
初めて自分に”本命だ”と言ってくれた子。
意識しないわけがない。
名前の方も緊張を隠せていない様子だった。
「あの…ひとりなの、珍しいね」
「あ、うん。ツッキー…あ、友達、昼寝しちゃって」
「隣、いい?」
「うん。いいよ」
無意識にピンと背筋を伸ばす。
ひとつのベンチに2人。
今までにないほどの近さで、少しでも動いたら触れそうな距離に、あまり気にしてこなかった女子の身体の小ささを改めて意識する。
膝の上できゅっと握られた拳も、自分のものと比べると一回り以上小さいものだった。
緊張した空気もおさまらない。
「どうしよう……私、気持ち悪い?」
「え?なんで?」
唐突な質問に山口は驚いたが、本人はいたって真面目な顔をしている。
「あのね、たまたまなの!今、たまたま廊下から中庭見たら山口くんを見つけて。ひとりだったし、勢いで来ちゃったんだけど……よく考えたら行動がストーカーみたいだったかなって……」
気まずそうな表情をしながらポリポリとおでこをかく。
ついとってしまった自分の行動は山口を不快にしてしまったのではないか、と不安そうに説明する名前に、思わず山口は吹き出した。
「あははっ!ストーカーって!そんなこと思わないよ」
名前は不意打ちの笑顔に見惚れ、頬を染めた。
笑った顔をこんなに間近で見られたのは初めてで、単純に心がときめいた。
その視線に気が付いて、山口は咳払いをして頭をかく。と、名前も我に返り視線を足元に落とした。
「あの……こんなこと本人に言うのはおかしいかもしれないけど……」
両手を膝の上でギュッと握りながら、唇を噛んで、意を決したように言葉を続けた。
「私、頑張るって決めたの。山口君のこと」
「えっ……」
「春高終わるまでは邪魔しないようにして、バレンタインから本気で頑張るって決めてたの」
真っ直ぐな言葉に、今度は山口の頬が染まる。
「でもね、もしやり過ぎちゃってたり、迷惑だったり、困ることがあったら言ってね?」
「別に迷惑だなんて思わない」
「……ありがとう」
こんなにも純粋に、真っ直ぐに、気持ちを伝えてくれているのに迷惑なわけがない。
ただ、ずっと疑問には思っている。
「あの……どうして俺、なのかな……」
聞きづらいし、聞いていいことかもわからない。
「特別カッコイイとか言われたこともないし…部活でもレギュラーじゃないし……俺のどこがそんなに……なんていうか……」
なぜ自分に惚れたのか。
そんな自惚れた疑問に言葉を選びきれず、はっきりとしない言い方になってしまったが、意図を汲み取った名前は少し恥ずかしそうにしながらも静かに話し始める。
「……前にね、友達に誘われてバレー部の練習を覗きに行ったことがあって……」
——今から5ヶ月ほどさかのぼる。
夏休みが明けたばかりの、ある日の放課後。
バレーは特に興味もなかったが、月島を見たい、という友達2人に付き合い、名前は体育館までついて行った。
「大丈夫なの?練習の邪魔しちゃうんじゃない?」
開いたままの扉から中を覗くと、キュッキュッと床に靴が擦れる音やボールの音とともに、部員たちの気合いの声が響き渡っている。
「少しくらい平気だよ、きっと」
「月島君いた?」
「いるいる。やっぱり目立つね」
確かにスポーツに打ち込む男子たちは普段より格好良く見えるし、見に来たい気持ちもわかる。
でも、アイドルを見るようにこうして遠目で見て喜んでいる友の行動はあまり理解できなかった。
好きなら、仲良くなりたいなら、自分から声をかけてまず友達になればいいのに…と、内心思いながら、盛り上がる友人たちの後ろで一歩引いて眺めていた。
「ねぇ、日向がいる」
「そうそう。日向ってああ見えてレギュラーなんだってね」
「あの人は3年生?」
「確かキャプテンだよ」
「キャプテン!かっこいー!」
コソコソとしているつもりが騒いでしまう友人。奥の方で月島が「チッ」と舌打ちをし、それに名前だけが気付いた。
「ねぇ、そろそろ戻るよ」
「もう少しだけ!」
「でも……」
と、そこへ見兼ねた山口がやってきて扉に手をかける。
「あの…ここ閉めさせてもらうね」
「え〜」
残念がる友の手を引き、山口に向かって名前は頭を下げた。
「ごめんなさい。うるさかったですよね」
「大丈夫だよ。ちょっと機嫌悪くてさ。ごめんね」
山口は申し訳なさそうに顔の前で片手を立てながら軽く頭を下げ、静かに扉を閉めた。
邪魔をしてしまったのは自分たちなのに、嫌な顔ひとつせず、扉を閉める時もわざわざ謝ってくれた。
ささいなことだが、そんな気遣いが好印象で
見るからに優しそうな雰囲気に
すごく惹かれた——
「あの時の!」
話を聞いて、これまで忘れていた当時の出来事を山口も思い出した。
「それからしばらくしてね、お母さんに頼まれて夜に買い物に出たら、お店の横で山口君がバレーの練習してて」
「あぁ、嶋田さんのとこだ」
「部活後で疲れてるはずなのに、頑張ってるんだなって。すごいな、かっこいいなって思って。そしたら……どんどん山口君のことが気になって…実はこっそり試合とか観に行かせてもらってたの。気持ち悪かったらごめん」
「い、いや全然!そんな!」
「レギュラーじゃないとか、関係なくて……山口君がいいの」
真っ赤な顔で目を合わせてくる名前に、鏡に映したように山口も真っ赤になる。
「私からしたら……一番かっこいいの」
「…っ……」
ボンッ
と爆発音が聞こえるほどに、山口の顔が赤面した。
「あー恥ずかしい」
言った本人も負けないくらいに赤くなった顔を両手で覆う。
「恥ずかしいからもう行くね!練習の邪魔してごめん。あの……またね!」
「あ、うん、また…」
逃げるように中庭を後にする名前の後ろ姿を、呆気に取られたまま見送る。
冷え切っていた身体は、いつの間にか指先までもジンジンと熱くなっていた。
立ち上がり、ボールを投げて壁打ちを再開するが、集中できるはずもなく数回でボールは虚しく地面に転がった。
頭の中は、彼女のことでいっぱいだった。
追いかけたボールを手に取ると、ボールの丸の中心に彼女の色々な表情が重なる。
真っ赤な顔してた。
緊張してたみたいだけど気持ちを正直に教えてくれて、でもやっぱり恥ずかしそうで
恥ずかしすぎて、逃げるように行ってしまった。
「……かわいいな」
無意識に声に出てしまい、慌てて周りを見回す。
幸い誰もいなかったが、恥ずかしさから、ボールを抱えるようにその場にしゃがみ込んで顔を隠した。
——好きなの?
以前の月島の言葉が頭をよぎる。
わからない。
けど、あんなのもう、すぐ好きになっちゃうよ。ツッキー。
っていうか俺、きっともう……