菅原孝支と内緒の彼女【連載中】
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episode.02 「おでこ」
「あれ以来やらないのなー」
「確かに、あの日だけだったな」
授業と授業の合間、クラスメイトが何やらつまらなそうに話しているところへ、暇を持て余していた菅原もそばへ行ってみた。
「なになに、何の話?」
「苗字のあの、ポニーテール?あれ以来見てないなって」
「……あぁ」
また苗字の話かよ…と頭の中で呟き、輪の中に入ったことを後悔した。
「でもさ、あれで気付いたけど苗字って美人系ではないけど、まぁまぁ可愛い顔してんだよな」
「わかる。周りに大人っぽいクール系美人が多いからノーマークだったけどな!」
「それな」
「小せぇから見上げられたりすると、クるもんがあるよな」
カチン。
という効果音とともに菅原が怒りの形相で固まる。
が、鈍感な彼らは今日も気付かない。
「いい加減、品定めやめろよ」
「つまんねーこと言うなよ、スガ」
「そうそう。女子の話ができねぇなんて、何のために共学来たと思ってんだよ」
「なー、彼氏とかいんのかな」
ここにいるよ。
「え、お前まさか狙ってる?」
「いや念のため?確認しとくのもありだろ」
「まぁありだな」
なしだよ。ふざけんな。
「まぁストレートに聞きに行く勇気もないんだけどな」
「それな」
ムカムカムカムカ。
イラつく心を抑えながら、無言で彼らから離れた。
怒っちゃダメだ。ムキになったら怪しまれて、最悪自分たちの関係がバレかねない。
適当に流せばいいとわかっているのに、こんなにまでムカつく理由。
焦っているんだ。
見つかってしまった。
彼女の可愛さに、周りが気付いてしまった。
俺だけが知っていたはずなのに。
怒りが静まらないままに、菅原は名前にメッセージを送った。
『昼休みに資料室集合!』
ーーーーーーーーーー
資料室。
それは名ばかりで、教師たちが不要になったものを置いているだけの倉庫と化しており、生徒たちはほとんどその存在すら知らない。
出入りは自由だが、誰かがそこに出入りする様子は見たことがない。
つまり校内で数少ない、人が来ない場所。
菅原は必要な時のために、そういう場所を以前から見つけていた。
そして今、必要性を感じた。
「菅原君っ、誰か来ちゃうかもっ…」
昼休み、誰にも見つからないよう資料室に来るなり、待っていた菅原によって突然キツく抱き締められ、名前は焦って小さく声を荒げた。
「ごめん、1分だけ」
人の出入りが少ない場所とはいえ、全く誰も来ないというわけではないし、鍵もかけられない。
誰かに見られてしまうかもしれないという不安が大きかったが、好きな人にこうされてしまうと、恥ずかしいけどそれよりも嬉しくて、何でも許してしまいたくなる。
結局名前は堪忍し「本当に1分だけね」と言いながら自分よりも大きな背中に手を回し、ピッタリとくっついた。
いまだに慣れないこの行為に、胸はずっとドキドキとうるさい。
「もーあいつらやだ」
名前の頭に顎を乗せながら菅原が嘆いた。
「苗字可愛いの、バレちゃった」
また友達に何か言われたのかな?と考えて、名前は声を出さずに小さく笑った。
それを見逃さず、菅原は少し拗ねた表情になる。
「今、笑ったべ。俺悩んでんのにー」
「ごめん。でも……周りの人たちにどう思われてるのかはわからないけど…私は菅原君のことしか考えてないし、見てないよ?」
「!」
正直な気持ちを言うのはとても恥ずかしかった。
でも今は落ち込んでいる彼が、少しでも元気になるよう、少しでも不安を取り除けるよう、恥ずかしい言葉でも一生懸命並べた。
「体育は何でも卒なくこなして格好良いし、さすが運動部って思う。昨日はね、休み時間に校庭でドッジボールしてるの、実は窓から見てたの。狙われると全部レシーブ上げて取っちゃって、皆に怒られてたけど楽しそうだったね」
「……うん」
「教室にね、菅原君の笑い声が聞こえてくると、楽しそうに何話してるのかなって、私も話したいなって羨ましく思うし。澤村くんなんて放課後までずーーーっと毎日一緒にいられて……ずるいよ」
「………」
「私だって、しょっちゅういじけてるんだよ」
「何だよそれ。知らなかったわ」
菅原は目の前の頭をするっと撫で、毛先をさらりと遊ぶように指に絡めた。
「……すげぇかわいい」
「………」
突然言われたその一言に顔は真っ赤になる。
「それにね…」
恥ずかしいついでに、ずっと思っていたことを打ち明けてしまうことにした。
「少しでも女の子と話してるとこ見ると、胸がぎゅって痛くなる」
言ってしまった本音。
恥ずかしさから、穴があったら入りたい思いで菅原の胸元に顔を隠すよう押し付ける。
どうか、面倒臭い彼女だと思わないで…との思いも込めた。
名前の言動に驚いてしばし固まるが、菅原も応えるようにガシッと腕に力を込めた。
「これからは苗字以外の全女子を無視する」
「ふふ、それはダメだよ。感じ悪い」
笑顔になった名前は腕の中から楽しそうに菅原を見上げた。
——小せぇから見上げられたりすると、クるもんがあるよな
腹立つけど、その通りなんだよ。
「………キスしてい?」
「えっ、へっ?うそっ——」
突然の申し出に断る隙も与えられず、近付いてくる菅原の顔から逃げることもできず、名前がしどろもどろになっているうちに
前髪を掻き分け、現れたおでこに
優しいキスが落とされた。
ゆっくり離れれば、耳まで真っ赤になっている愛おしい恋人。
菅原も自分の心臓が壊れそうなほどに高鳴っているのを感じた。
「……よし!名残惜しいけど戻るかー」
胸の高鳴りを落ち着けるよう気合を入れ、彼女の肩に手を置いてそっと離れる。
名前の方は熱くなった顔を冷ますように手の甲を頬に当てていた。
「あの…先、戻ってて?」
「おう。一緒に戻ったら怪しまれるもんな」
「それもあるけど……顔熱いの、おさまったら戻るから……」
困ってるようだけど、嫌ではなさそうで
恥ずかしそうだけど、どこか嬉しそう。
そんな恋人を見て、愛おしさから自然と笑顔になった。
「じゃ、先行ってるな」
最後にポンポンと頭を撫でて、廊下に人がいないことを確認し、資料室を出た。
勢いでキスしてしまった。
初めて。
……おでこだけど。
こうして少しずつ距離を縮めていくことで
不安な気持ちなんて吹き飛んでいくんだろうな。
ニヤけてしまう口元を抑えながら、早足で教室へと戻った。