影山飛雄と幼馴染の女の子
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
episode.01「飛雄となら」
学校帰りの寄り道。
カフェでお茶して、ゆっくりお喋りした後、近所の公園に立ち寄った。
遊んでいた子どもたちは町に響いた鐘とともにいなくなり、周りには誰もいない空間。
ベンチに並んで座り、辺りは徐々に暗くなってきて、口数も減ってくる。
不意に握られた手に身体が強張る。
「名前ちゃん……」
彼の方を向くと、その表情は熱を帯びていて
少しずつ近づいてくる顔。
目を瞑って受け入れなくちゃ。
そう、頭ではわかってるはずなのに
「……ご、ごめんっ、待って!」
私は思わず、距離を取った。
「……まだ、だめなの?」
「ごめん。まだ…心の準備が……」
「もう付き合って3ヶ月だろ。いつ準備できるんだよ」
「…本当にごめん……」
「名前ちゃんさ、俺のこと好きじゃないんじゃない?」
「えっ、そんなこと……」
「もう待ってるのしんどいわ」
……フラれた。
全く好きじゃなかったわけじゃない。
告白されて嬉しかったし、一緒にいてそれなりに楽しかったし。
でも、どうしても相手が”男”になる瞬間が苦手。
”そういう目”で見られて、”そういうムード”になるのが、どうしてもダメだった。
「お腹すいたなー……」
虚しい帰り道。
夕飯は何かと期待しながら家に帰る。
が、玄関には鍵がかかっていて、真っ暗な家の中には誰もいなかった。
スマホを確認すると母からのメッセージ。
『向かいで飲んでるね!』
「そっか…今日、金曜だしね」
時計を見ると時間は19時過ぎ。
着替えを済ませ、玄関を出る。
と、私が家の門を出るのとほぼ同時に、道を挟んだ向かいの家の玄関が開く。出てきたのは、部活帰りのままジャージ姿の飛雄。
手に持つトレイにはオムライスが2つ乗っていた。
「飛雄、帰ってたんだ」
「おう。なんかおばさんが、お前から返事こないからこれ持ってけって」
「ごめん、今行こうとしてた」
「こっちうるせぇから、そっちで食わして」
閉めたばかりの玄関の鍵を開けると、飛雄はスタスタと我が物顔で家の中に入った。
廊下を進み、これまた我が物顔でリビングに入り電気をつけ、ダイニングテーブルにトレイを置きながら席に着いた。
私はグラスを2つ用意し、冷蔵庫から出したお茶を注ぐ。
「今帰ったのか?」
オムライスを頬張りながらそう言う飛雄にお茶を出し、私も向かいの席に座った。
「うん」
「あの男とだろ?一個上のサッカー部」
「うん、そうなんだけど……」
「またフラれたのか」
「えっ、わかる?」
「まぁ顔見れば」
「あははっ、そっか。うん、そう。また」
苦笑いを浮かべながら、一口目のオムライスを食べる。飛雄のお母さんが作ってくれたそれは、相変わらずレストランなみにうまい。
「いつも向こうから告られたっつーわりに、お前がフラれるよな」
「はは……」
「今回で何人目だ?」
「3人目です」
「お前に何か問題があるんじゃねぇの」
ズケズケと地雷を踏んでくる飛雄。
気持ちいいくらいに遠慮もない。
悪気がないのもわかってる。
だから、飛雄になら私も何でも話せた。
「………私さ、できないんだよね。キス」
「ブッ!!」
でも今回の話題は衝撃的だったのか、さすがに飛雄も驚いて口に含んでいたお茶を吐いた。
「きたない!」
「お前が変なこと言うからだろ!」
ティッシュを飛雄に差し出し、濡れたテーブルを台布巾で拭いた。
「好きって言われると嬉しくて、私も好きになれそうな気がして付き合うんだけど……なんか、そういう雰囲気になるとダメで」
「そういう雰囲気?」
「男の子がこう…オスに変わる感じっていうのかな……キスも、1回しちゃえば慣れるもんだって友達にも言われるんだけど…その1回に勇気が出なくて……」
「よくわかんねぇけど……じゃあお前まだしたことないのか?」
「うん、ない」
「だせー」
「は?うるさいな。飛雄だってまだなくせに」
「さっさと食べろ。今なら一緒に洗ってやる」
「えっ、待って早いっ!」
いつの間にか食べ終えていた飛雄は、食器を持ってキッチンへ行ってしまって、私は慌てて残りのオムライスを口に放り込んだ。
母が飛雄んちに持っていくおつまみでも作っていたのか、シンクの中には洗い物が残っていて、飛雄はそれも一緒に洗ってくれた。
洗い終えた食器を私が拭く。
2人並んでキッチンに立つ。
家が目の前で、お互いの両親の仲が良く、子どもの頃から一緒に食事をする機会が多かった私たちにはよくある光景だった。
「飛雄、また背伸びた?」
ふとそう感じて顔を見上げると、ニヤッと見下すように笑ってきた。
「まだまだ伸びる」
「はいはい」
飛雄から見下ろされるのは慣れてるし、そんなドヤ顔してきても悔しくも何ともない。
ニヤッと同じような顔を作って返す。
そこでハッとした。
この距離。
——名前ちゃん……
元彼とも、こんな距離で顔を見合わせたけど
とても耐えられなかった私。
でも今は、こんな近い距離で顔を見合わせても……
「……できるかも。飛雄となら」
食器を洗い終えて手を拭きながら、飛雄は不思議そうな顔をした。
「あ?なんだよ急に」
向かい合い、飛雄のジャージの胸元を引っ張って背を屈ませ、顔をさらに近付ける。
「キス。ほら。こんなに顔近づけても平気だし」
「は?」
「飛雄から”オス”って感じはしないもん」
額と額が触れるほど顔を引き寄せる。
「………」
無言になった飛雄。
ヤバイ。怒らせた?
基本いつも眉間に皺は寄ってるけど、これは明らかに怒ってる顔。
「ごめん。えっと……」
「してやるよ」
「えっ、んんっ——」
離れようとしたけど、頭の後ろを押さえつけられて、唇が押し付けられた。
想像していた、チュッて軽い感じのものじゃなく、噛み付くように深く唇が重なった。
そのまま1秒、2秒、3秒と経って、離れるとまだ怒ったような表情のまま。
「……どうだよ」
「……思ってたのと違った」
「……ボケ」
飛雄は私の頭に一度手を置くと、綺麗になった皿とトレイを持ってリビングを出て行った。
「帰るな」
「あ、うん。おやすみ」
呆気に取られたまま、飛雄を見送った。
ポカンと口を開けて、きっと間抜けな顔になってると思う。
今までにないくらい、胸はドキドキしていた。
1/7ページ