菅原孝支と内緒の彼女【完結】
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episode.12「家出」
11月、12月は受験勉強に集中する毎日だった。
それは名前だけでなく、進学を目指す生徒たち全員が同じで、特に進学クラスの教室内は殺伐とした雰囲気に包まれている。
春高を前に部活も両立させている菅原や澤村は、誰よりも忙しそうで、凄まじい努力を感じられた。
名前はもちろん、そんな恋人のことを心配していたが、菅原が体調を崩すことはなく、毎日朝練終わりに元気に教室にやって来る姿を遠目で見るたびに安堵していた。
——12月末。
今年もあと何日かで終わる。
学校では終業式が行われ、午前中には終了した。
名前は図書館へ向かい、放課後は夕方まで勉強に励んだ。
帰り道。駅前の通りではイルミネーションが目立ち、いつもは静かな商店街もどこか忙しなく、”年の瀬”という雰囲気に包まれている。
名前はこの日、帰宅したら母親に話すことを決めていた。
年明けに東京で行われる、春高の試合を観に行きたい、と。
「東京?冗談やめて」
顔をしかめる母。
その反応は予想していたとおりだった。
「バレー部が春高に出るの。どうしても、応援に行きたい」
「受験生が1月に遠出なんて。そんな遊んでる暇あると思ってるの?」
「遊びじゃない。それに、試合以外の時間はちゃんと勉強するから。約束する!」
「東京なんて行ったら絶対に疎かになる。もしお兄ちゃんみたいに志望校に落ちたら、あなたは東京へ行ったことを一生後悔するよ」
「しない!絶対しないし、私はお兄ちゃんとは違う!」
「とにかく、許可できません」
どんなに頼み込んでも頑なに許してもらえないことに逆上し、名前は家を飛び出した。
「もういい!」
「名前!?どこ行くの!?」
「ほっといて!」
親に向かってこんなに反抗したのは初めてだったし、こんな口を聞いたのも初めてだった。
まさかキレて家を出てしまうなんて。自分でも驚いている。
融通の効かない母親に対して怒りが頂点に達してしまった。勉強漬けの毎日へのストレスもあったのかもしれない。
咄嗟に鞄と携帯は持ってきたが、上着を羽織ってくるのを忘れてしまった。
すぐに寒さに凍えてくるが、家に引き返すわけにはいかず、名前は仕方なく近くのファミレスへ入った。
ここで少し時間を潰せば、気持ちも落ち着いてくるかもしれない。
ドリンクバーを注文し、温かい紅茶で体を温めている間、母親から何度も電話やメールがくる。
はじめのうちは無視を決め込んでいたが、心配をかけている申し訳なさから、仕方なく一通メールを返した。
『少し頭冷やしたら帰るから心配しないで』
悪い子になりきれない自分を、情けなく感じた。
これ、家出って言うのかな…
家出なんて初めてだ…
でも、私の気持ちを少しも汲んでくれないお母さんが悪いんだもん…
そんなことを考えながら、だんだんと悲しくなってくる。
そこへ
『部活終わった!今日は早かった!』
と、菅原から元気なメールが届き、途端に心が温かくなった。
『お疲れ様。私、家出した』
「はぁ!?」
菅原は帰り支度を終え、部室棟の階段を降りながら携帯を確認していると、届いていたメールを見て転びそうになった。
「スガ!歩きながら携帯やめなさい!」
後ろから響く澤村の声を聞きもせず、すぐに返事を打つ。
『どした!?今どこ!』
『ファミレス。うちのそばの』
『待ってて!』
「大地、旭、俺先に行くな!!また明日!!」
「あ?お、おう!お疲れ!」
「何を急いでいるんだ?」
ーーーーーーーーーー
ファミレスの扉を開き中を見回すと、窓際の席に名前を見つけた。
もう一度周りをよく見回し、顔見知りがいないことをよく確認して、彼女の元へ向かう。
「お疲れ!」
「孝支君……」
メールの文面から何かあったことは察していたが、名前の瞳が潤んでいることに少し驚いた。
荷物を置いた菅原もドリンクバーを注文し、メロンソーダを片手に席へと戻ってくると、場を和まそうと努めて明るく振る舞った。
「どうしたどうした〜?暗い顔、似合わないぞ!」
そう言うと、名前の表情も少し和らぐ。
2人きりで会うのは、約2ヶ月ぶりだった。
「ごめん、来てくれてありがとう」
「そんなの当たり前だろ。彼氏だからな」
歯を見せて得意げに笑う菅原を前に、名前にも笑顔が戻った。
手元のミルクティーをスプーンでかき混ぜながら、静かに話し始める。
「春高、どうしても応援に行きたいの。それをお母さんに勇気出してお願いしたら、勉強が疎かになるから絶対にダメだって」
「まぁ受験目前だもんな」
「そのために今まで、いつも以上に勉強してきたの。孝支君の最初で最後の春高、絶対見たいから」
「………」
「でもわかってもらえなくて……だから、家出」
拗ねたように頬を膨らませる名前を見て、菅原は楽しそうに笑った。
「俺のためにそこまでしてくれて、すっげぇ嬉しいわ」
笑い事じゃないんですけど…と、恨めしい目で菅原を見る。
「それ飲んだら帰るぞ。俺も一緒に頼んでみるから」
「………え?」
菅原からのまさかの提案に、名前は耳を疑った。
「大丈夫だから。一緒に帰ろう」
再び歯を見せて笑う。
菅原の笑顔はいつも名前に安心感を与えてくれるが、今は落ち着かない。
自分に対して怒っている母親の元へ、男の子と一緒に帰ったりしたらどうなるんだろう…と不安が募るばかりだった。
「ねぇ、やっぱりやめよう?」
もしかしたら冗談かも…と思っていたが、店を出ると菅原は名前の家へ向かって歩き出したので、途端に焦り始める。
「私に彼氏がいるなんて知ったら、余計に逆効果だよ……」
菅原はコートを着ていない名前の肩に、自分の上着をかけながら笑う。
「大丈夫。前から考えてたんだ。もうコソコソするのはおしまい。いい機会だしさ」
「でも……」
尚も不安な顔をしている名前。
菅原は一度立ち止まり、真剣な目で彼女を見た。
「俺、名前に堂々と応援来て欲しい。俺は試合に出るかわからないけど、それでもそばで見ててほしいよ」
「………」
「お前が同じ気持ちなのが、すごく嬉しい。だから、叱られてもいいから、ちゃんとお願いしに行こう」
一切不安も迷いもない、真っ直ぐな瞳。
うまくいくかわからない。
けど、目の前のこの人のことを信じたい。
決意をした名前がコクンと深く頷くと、菅原は満足げに笑う。
どちらからともなく、互いに手を取り合い、歩き出した。
