菅原孝支と内緒の彼女【連載中】
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episode.10「我慢」
「我慢できなーい!!」
烏野高校第2体育館に菅原の声が響いた。
休憩中の部員たちはその大声にビクッと体を震わせ、一斉に副主将へと注目する。
「うるさいぞ、スガ」
「ど、どうしたんすか…?」
「スガさん、トイレなら向こうっスよ」
「わかってっし!!」
外を指差す田中をキッとひと睨みし、菅原は体育館を出て行き、部員たちはその様子を不思議そうに見送った。
もちろん、我慢できない、というのは、トイレのことではない。
自分の嫉妬深い一面を知ってから、名前のそばにはどのくらい男がいるのかしばしば考えるようになってしまった。
学校の同級生だけではない。
名前が通う塾には他校の男子生徒が数え切れないほどいるだろう。
中には添田のように名前のことを″そういう目″で見ているヤツもいるかもしれない。いや、絶対にいる。だって自分の彼女はとても可愛いから。
モヤモヤと考え出したらキリがないのにやめられない。
幸い名前はあまり男友達を作るようなタイプではなく、校内で男子と話す場面を見ることはほとんどなかった。
”俺たちは大丈夫”
菅原はいつもそう自分に言い聞かせた。
が、すぐにそんな心配をしている暇などなくなる。春高の代表決定戦が目前に迫っていたからだ。
部活の練習時間は朝早くから授業をはさんで夜遅くまでとなり、さらに受験を控えている3年生は寝る間も惜しんで勉強にも励み、それ以外のことになど構っている余裕がなくなった。
この日は週に一度、2人が公園で会う日。
が、いつもの時間に練習が終わる気配はなく、菅原は休憩中に携帯を取り出した。
『ごめん!今日は行けそうにない!本当ごめん!』
懸命に誤っている絵文字を添えて、名前にメールを送った。
『大丈夫だよ。体に気をつけて、バレー頑張ってね』
微笑みマークとともに返ってきた、彼女の優しさを感じられるメールに癒される。
気合いを入れ直して、その後の練習に励んだ。
同じ頃、公園にはベンチから立ち上がり、静かに帰路に着く名前の姿があった。
その後ろ姿は、やはりどこか寂しそうだ。
「今年こそは絶対全国に行く」
口癖のようにそう言っていた菅原の姿を思い出していた。
その時の強い意志を感じられる目がとても好きだった。
ここ最近は、公園に来る時間が前よりも遅くなっていて、2人で会える時間はめっきり減っていた。
そしてとうとう、今日は来られなかった。
仕方のないことはわかっているし、我慢はできる。でもきっと、優しい菅原は負い目を感じているに違いない。
胸が痛かった。
私は彼の負担になってしまっているんじゃないか…
バレーの邪魔をしているんじゃないか…
会えないことが辛いんじゃない。
会えないことで菅原を苦しめてしまうことが辛い。
ーーーーーーーーーー
次の日。
数学の時間が、先生の不在により自主学習となった。
眠気と戦いながら問題集を解く菅原の机に、そっと手が伸ばされる。
名前が、小さなメモを置いた。
可愛いことするんだな、とニヤけた菅原の表情は、メモを読んだ瞬間固まった。
『春高が終わるまで
2人で会うのやめよう』
ショックだった。
昨日ドタキャンしてしまったせいだ。そう思った。
名前と視線を合わせ、首を横に振る。
”嫌だ”
そう意思表示した。
すると名前はもう一枚メモを出して何かを書き、また菅原の机に置いた。
『バレーに集中してほしいの』
名前を見ると、きゅっと口を結び、ジッと見つめ返してくる。真剣な気持ちが伝わってきた。
簡単に受け入れることが難しい。
予選を勝ち抜いたとして、春高の全国大会が行われるのは年明け。今はまだ10月。
これから約3ヶ月……長すぎる。
ただ、彼女が正しい。
それもわかっている。
苦悩の末、自主学習時間が終わる間際、菅原は一枚のメモを名前の机に置いた。
『わかった
寂しい思いさせて ごめんな』
名前は菅原を見て首を横に振った。
自分を不安にさせないためか、その表情は笑顔だったが、無理させていると感じて菅原は苦しかった。
ーーーーーーーーーー
「大地、ごめん。先に体育館行ってて」
「おう」
その日の放課後、帰っていく名前の後をこっそりとついて行った。
昇降口を出たところで、突然現れた菅原に名前は驚く。
「っ……どうしたの?」
「話したい。少しだけだから」
「……あっち行こう」
2人は人通りのない校舎裏へと移動した。
「なぁ……ダメになったりしないよな?」
不安げな表情の菅原とは反対に、名前はふわりと笑った。
「まさか!そんな心配はこれっぽっちもしてません」
その笑顔は菅原を半分安心させて、半分不安にさせる。
「好きだよ、名前」
「ちょ、菅原君っ」
突然の言葉に慌てて周りを確認する。
幸い誰もおらず、ホッとした。
「でも……バレーも大事なんだ」
「大丈夫。ちゃんとわかってるから」
「うまく両立できなくてごめん」
「もう謝るの禁止」
もう一度、誰もいないことを確認してから菅原の手を両手で包むように握る。
「こ……孝支君がたくさん頑張ってるの、わかってるから」
彼を安心させたくてそうしたが、恥ずかしさから顔が熱くなってくる。
「今が踏ん張りどきなんだと思う。本当は寂しいけど、私も頑張る。我慢できる。これが私の応援の仕方なの」
恥ずかしくなりながらも、名前を呼んで、手を握って、懸命に気持ちを伝えてきてくれる。
そんな名前の言葉に菅原は涙腺が緩んだ。
泣きそうだ。でも、格好悪いから泣かない。
「勝つから。絶対。全国行って、全部勝つ」
「うん。応援してる」
目を見つめて、深く頷き合って
菅原は体育館へ、名前は帰路へ着いた。
二人の間に今までよりも深い絆のようなものが、確かに生まれた。
