菅原孝支と内緒の彼女【連載中】
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episode.01「ポニーテール」
烏野高校3年4組。
本格的な夏を目前にした、梅雨の晴れ間。
朝は爽やかに家を出て登校してきたはずが、ジメジメと湿度の高いうだるような暑さに学校に着く頃には汗だくになった。
窓際の席には少しでも涼を求める男子たちが数人集まっている。
「あっちー」
「夏服になったからって、制服自体があっちーんだよな!シャツは風通し悪いし」
「この黒ズボンもな!」
その輪の中には、他の男子たちよりも爽やかな笑顔を見せる菅原の姿もある。
彼らの視線は、登校してくるなり楽しそうに談笑する女子生徒たちへと向いた。
「女子はいいよな。足元涼しそうでよ」
「おいおい。あんま見んなよー」
「そうだな。変な目で見てると思われる」
「そうだけどよ。なぁなぁ、苗字ってあんな色っぽかったっけ?」
突然出たその名前に、菅原は顔をしかめた。
「……は?」
他の男子2人も、視線を彼女に合わせる。
「苗字?いや、そんなはずは」
「色っぽいとかは無縁な感じじゃん?なんかちっせーし」
「俺も、クラスの女子ん中じゃちんちくりんだと思ってたけど。勉強はできるけどな」
ちんちくりん?
その言葉に菅原の表情はさらに曇るが、気付く様子もなく友人は話を続けている。
「なんかいつもと違くね?夏服マジック?」
「あ!わかった髪型じゃね?いつもは下ろしてたろ」
「なるほど。ポニーテールってやつね」
「………」
「あの後れ毛とか、うなじのとことか…確かに色っぽ」
「……だから、お前らあんまじろじろ見んなって」
「いいじゃねぇか。あいつは気付かないよ」
「確かに。あいつは気付かなそう」
唐突に菅原はわざとらしく窓から校庭へと注目する。
「あー清水だ」
「え、どこどこ!?」
「清水の夏服!」
「それは是非拝みたい!」
それに釣られ、3人はすぐさま窓の外へ身を乗り出した。
「あー悪い、見間違い」
「スガー!!」
「期待させんな!!」
どついてくる彼らの攻撃を笑ってかわす。
そうしているうちに、担任が入ってきて
ホームルームが始まった。
担任の話も上の空で
自分よりも前方の席に着く彼女を見る。
ひとつにまとめられた柔らかい髪が、彼女が顔を動かすたびにふわりと揺れ、その度にチラチラと白い首筋が覗いた。
「……くっそぉ…」
声にならないほどの声を吐息のようにもらしながら、菅原は頭を抱えるように机に突っ伏した。
ーーーーーーーーーー
「お疲れ!」
「お疲れっス!」
空が赤く染まり始める夕暮れ時。
部活を終え、後輩たちと別れて学校を出る。
「悪い、俺今日こっち」
「珍しいな」
「ん、ちょっと寄るとこあって」
「また明日なー」
「お疲れー!」
学校前の坂道を下った辺りで澤村と東峰とも別れた。
待ち合わせ場所である少し離れた公園へと急ぐ。
キツい練習で足腰はヘトヘトのはずなのに、足取りは軽い。
公園に着くと隅のベンチに名前を見つけ、目が合うなり彼女は立ち上がって嬉しそうに手を振ってきた。
「お疲れ様!」
周りを見回し、誰もいないことを確認してから菅原もニッと笑って手を上げる。
—— 苗字ってあんな色っぽかったっけ?
彼女を見た瞬間、一日中引っかかっていたクラスメイトの言葉が頭をよぎり、複雑な心境で隣に座った。
「さっきまでのんちゃん達とお茶してたんだけど、レジの横に売ってたクッキーが美味しそうだったから、菅原君にも買ってきたんだ。おみやげ」
その様子に気付くこともなく、名前は嬉しそうに小さな紙袋を見せた。
が、それを受け取ることもせず、菅原はふわりとその体を抱き締める。
「えっ、菅原君?どうしたの?」
「………」
みるみる名前の顔は赤く染まっていき、思わず手を離してしまったクッキーの袋は地面に落ちてしまった。
が、それには構うことなく、空いたその手で気遣うように菅原の背中をポンポンと優しく叩く。
「練習、キツかったの?」
「……違う」
「あれ。何か怒ってる?」
普段よりもワントーン低い彼の声に、異様な雰囲気を察知し、真っ赤だった名前の顔は少し青ざめてきた。
と、菅原は彼女を抱き締めたまま
頭の後ろに手をやってポニーテールを撫でるように髪に指を絡める。
「……今日、何で結んできたの?」
「髪?暑くなってきたし、邪魔だったから…ちょうど今日から夏服だし」
「クラスの男らに注目されてた」
「え、どうしてだろ」
「可愛いからだろ」
「そんなはずは……」
するりと腰に下りてきた腕は、さらに強く自分よりも小さな体を抱き締める。
名前は心配になって周りを見回すが、幸い人気はない様子。
菅原の息がかかるほどに首元に顔を埋められ、こそばゆいのと恥ずかしさで身体を強張らせた。
「人の彼女じろじろ見んな……」
また低く響く声でそう呟いたかと思えば
「って、言いたかったー!!」
「!!」
と急に大声を出し、同時に抱き締める腕の力がぎゅうっと一度強くなる。
その声に驚いて固まる彼女をそっと離すと、真っ直ぐにニッと笑顔を向けた。
「よし!いじけタイムおしまい!!」
その笑顔に安心した名前も同じようにニッと笑った。
「あ、ごめん!クッキーだっけ?」
「そうそう。割れちゃったかなぁ?」
「でも食べれるべ。今食べてい?」
「うん!」
袋の中身を確認し「大丈夫、割れてなかったよ」と嬉しそうに菅原に渡す。
菅原は彼女の頭を愛おしそうにポンポンと撫でた。
付き合って、もうすぐ2ヶ月。
2人きりで会えるのは
菅原の部活後に人気のない公園で週に一度だけ。
学校では、必要以上の接触や会話はしない。
登校も下校も一緒にすることはない。
メッセージのやりとりはいいけど、電話はしない。
2人が恋人同士なことは、周りには内緒。
「髪、結ばない方がいい?」
「そうだなぁ…俺はどっちも好きだけど、学校ではちんちくりんでいてください」
「え?ちんちくりん?」
「このクッキーうまいな!」
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