菅原孝支と内緒の彼女【連載中】
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episode.09「名前」
連絡を取らない夜は初めてだった。
電話もできない2人にとって、メールのやりとりは唯一”恋人同士”と呼べるひとときだったのに。
何を言っても言い訳になりそうで、菅原は何と送っていいかわからなかったし、名前からも何もなかった。
それに、仲直りをするならちゃんと顔を見て謝りたいと思った。
次の日。
「おはよ」
「……おはよう」
朝練を終えてきた菅原が机に荷物を置きながら声をかけると、名前は勉強する手元に視線を向けたまま返事をした。
俯くその表情は見えない。
こんなにも気まずい空気感は初めてだ。
休み時間。
菅原の隣りで話していた添田はチラリと視線を動かした。
その視線の先は、友達と話しながら教室を出ていく名前の姿。
「……大丈夫かー?暗い顔似合わないぞー」
「ははっ、自分で思ってたより結構本気だったみたいなんだよな」
「………いい子だもんな」
「なー!スガもそう思うよな!彼氏はいねぇけど、好きなヤツがいるんだってよ」
「おまっ…そういうの言いふらすなよ」
「あ、そうだよな。悪い。聞かなかったことにして」
「………」
好きなヤツか……
「でもさ、その時の苗字がよ」
——好きな人がいるの
——他の人とか考えられない
「——って、顔真っ赤にして、すげぇ可愛くて。誰とは言わなかったけどよ、想われてるヤツは幸せだよなー」
「………そうだな」
「だから、なんかもういいんだ。ちゃんとフッてくれて、俺も吹っ切れた」
清々しい表情の添田の横で、菅原の顔が歪む。
昨日言ってしまった言葉をずっと後悔していた。
そして添田から名前の言葉を聞いて、自分が嫌いになりそうだ。
——やっぱり俺よりあいつがいい、とか思ってたりして…
あんなこと言うなんて最低だった。
こんなにも想ってくれているのに。
携帯を取り出す。
けど、指は動かない。
まだ言葉が見つからない。
それに、きっと言葉だけじゃダメだ。
できるなら、今すぐ抱き締めたい。
と、手の中の携帯が震えた。
「!!」
名前からのメールだ。
『昼休み、資料室集合です』
ーーーーーーーーーー
昼休み。
教室に名前がいないことを確認して資料室へ向かった。
2人で会えると言うのに、足取りが重い。
こんなのは初めてだ。
「……このままフラれたりして…」
ため息のような声にならない声が漏れる。
まさかそんなことにはならないだろう、と自身を励ましながらも、昨日の自分の言動を思えば有り得なくはないと不安になってくる。
ダメだ。超絶ネガティブになっている。
……どっかのヒゲみたいだ。
——ガラガラ
重い引き戸をゆっくり開けて中に入り、最後まで閉め切ると、待っていた名前がすぐに菅原に抱き付いてきた。
「仲直りしたい……」
泣きそうな、消え入りそうな頼りない声。
しかし抱き付いてくる腕には精一杯の強い力。
菅原もつられて泣きそうになりながら、安堵のため息が出る。とにかくホッとした。
「一晩連絡取らなかっただけで、すっごく寂しかった」
可愛い。可愛い。
ぐいぐいと自分の胸に顔を押し付けてくる苗字が可愛くて仕方ない。
すげぇ可愛い。俺の彼女。
今すぐ廊下に飛び出して、全校生徒に向かって「俺の彼女宇宙一可愛いんだぞ」って叫びたい。
こんな可愛いことしてくれんなら、たまの喧嘩も悪くないとも思えてくる。
そんで、すごく愛おしい。
「俺も」
その頭をふわりと抱き締める。
全身で感じる温もりに愛おしさが込み上げた。
「ごめん。俺……すげぇ心配で勝手にいじけてた。俺よりあいつがいい、とか、苗字はそんなふうに思うヤツじゃないってわかってるのに」
「私も、ちゃんとすぐに話すべきだったの。不安にさせてごめん」
「……あとな、少し添田のことが羨ましかった」
そう言うと、名前は腕の中から不思議そうに菅原を見上げる。
「苗字のことを『可愛い』『好きだ』って堂々と言えるあいつのことが、羨ましかったんだよ」
笑いながらも少し切ない表情の菅原にもう一度強く抱き付く。
「いろいろ我慢させてごめん…」
自分の事情に菅原を付き合わせてしまっている。
そのことは、いつもどこか心苦しく思っていた。
「大丈夫」
名前の心中を察して、菅原はいつもの笑顔を作り髪を撫でた。
それでもどこか不安そうな表情のままの名前をもう一度強く抱き締める。
「………好きだよ、名前。すっげぇ好き」
不意打ちで耳に響いた名前に名前の心臓が大きく跳ねた。
胸がいっぱいになり、しばらく強く抱き締め合う。
「仲直り?」
「おう、仲直りだな」
「……名前、びっくりした」
「俺はずっと呼びたかったけどね。まぁ2人の時だけな。名前も呼んで?」
「……こう、し君?」
「なんで疑問系?もう一回」
「……孝支君」
好きな相手に綺麗に発音された自分の名前は特別に感じる。
顔が見たくなり、菅原は背を屈ませて名前と正面から視線を合わせた。
「もう一回」
「孝支君」
たまらず、さらに顔を近付けて
優しいキスを落とす。
傘の中でした不意打ちのキスとは違い
今度は名前もちゃんと目を閉じていた。
嫉妬に狂いそうになる自分が怖かった。
こんな自分は初めて知った。
彼女をどこかに閉じ込めてしまえたら……
俺だけのために、そこに存在していてくれれば……
そんな考えまで浮かんだ。
キスをして、抱き締めて
このまま離したくない。
関係を秘密にしておくのはあと半年。
こんなにも独占的で、嫉妬深くて
俺は我慢できるだろうか。
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