菅原孝支と内緒の彼女【連載中】
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episode.08「嫉妬」
9月。新学期。
「おはよ!」
「菅原くん、おはよう」
隣の席。
連絡は取り合っていたけど、顔を合わせるのはあのデートの日以来。
どうしたって思い出してしまう、あのキス。
ただ一言の挨拶を交わすだけで熱が顔に集まる。
菅原はすぐに友人のもとへ新学期の挨拶へ行き、名前の席にも友人が集まってきた。
必要以上の接触や会話はしない。
普段通りの毎日が始まった。
ーーーーーーーーー
「名前さん、ちょっといい?」
それは普段とは少し違う出来事。
放課後、昇降口を出たところで呼び止められた。
相手は同じクラスの添田という男子生徒。
菅原と親しい友人のひとりでもある。
下校していく生徒たちからは死角となる端の木の下まで来ると、彼は緊張した面持ちで話を始めた。
「名前さんてさ、彼氏いる?」
ドキッとした。
なぜ、急にそんな話題。
まさか、あの日のデートを目撃されてたとか?
自分から変な汗が出てくるのを感じたが、平静を装う。
「えっ、いないよ」
「そうか……よ、よかったらその……」
恐る恐る添田の手が名前の前へと伸びてくる。
この状況に、鈍感な名前もさすがにピンときた。
「好きです!お、俺と付き合ってくださ——」
「ごめんなさいっ」
その言葉を聞き終わる前に思いっきり頭を下げた。
「返事はや!」
「えっ、ごめんっ、ごめんね?」
「あ、いや…無理なら仕方ねぇよ……」
添田は苦笑いしながら耳の後ろをかく。
「少しくらい悩んでくれたりとかさ…可能性とか、ねぇの?」
「……ない、かな。ごめんなさい……」
「……理由、聞いてもいい?」
「………好きな人がいるの。他の人とか、考えられない」
恥ずかしそうに頬を赤らめ、俯きながらも言葉は真っ直ぐに正直で、添田はその表情に見惚れた。
「わかった。話聞いてくれてありがとな」
ーーーーーーーーーー
次の日。
「おはよ」
「よースガ。朝練お疲れ」
朝練を終えた菅原が牛乳パックのストローを口に咥えながら友人達の輪の中に入る。
が、今日は彼らに笑顔がない。
いつも笑い合って冗談を言い合っている彼らには珍しい光景だった。
「あれ?なんか空気重いぞー。どした?」
「添田、フラれたんだってよ」
菅原の隣に立つ友人が周りのクラスメイトに聞かれないよう配慮しながら小声で言った。
「えっまじ!?っつーか、好きなヤツいたのかよ」
驚きながらも、同じように菅原も小声で答えた。
「スガになら言ってもいいよな?」
「おう」
「相手、苗字さんだって」
「!!」
出てきた名前に驚いて、咄嗟に持っていた牛乳パックを強く握ってしまう。と、ストローの先から吹き出た牛乳が弧を描いて床に飛び散った。
「うおっ!」
「やべ!ごめん!」
「ちょっ、少しかかっただろスガ!」
「拭くもの拭くもの!」
「牛乳くせー!」
菅原はティッシュで床を拭きながら、恐る恐る添田を見上げる。
「いつから、その…苗字のこと?」
「あの夏休み前の、ポニーテール?あれから妙に気になって、可愛く見えたんだよ…」
「……そうか」
「”ちんちくりん”とか言ってたくせに。ポニテマジックだよな」
「うるせー」
友人から茶化されると添田は腕を伸ばして机に突っ伏した。
「夏休み中もあいつのことばっか考えちまって。昨日、彼氏いないって聞いたから…勢いで告っちまった」
見るからに落ち込んでいる彼の頭を菅原はポンポンと叩いて慰める。
ふと名前の方を見た。
こちらには背を向けているが友達と談笑し、楽しそうな雰囲気だった。
「引きずってても仕方ねぇよ!」
「そうだよ!次だ、次!」
「今日カラオケ行くべ!付き合うからよ!」
友人たちが口々に励ましていると、始業の鐘が鳴ったので散り散りに席へと向かう。
「………」
担任の話半分に聞きながら、菅原は隣の名前を横目で盗み見た。
こちらの視線に気付かず、彼女は前を向いたまま静かに話を聞いていた。
特に変わった様子はない。
昨日のメールじゃ何も言ってなかった。
まぁわざわざそういうこと報告してこないよな。
でも……告られたんだな。
チクン、と胸が痛む。
添田は顔もカッコ良く、イケメンに入る部類だ。
菅原より背も高い。少し調子に乗るところはあるが、人柄もいい。
周りの女子生徒からも結構モテてると思う。
そんな男に、彼女が告白された。
それは自分が嫌だと言っても、不安に思っても、仕方のないことだ。
きちんと断ってくれたし、何も心配することはない。
頭ではわかっている。けど
どう思ったんだろうな……
菅原は髪をクシャッとして、頭を抱えるように机に突っ伏した。
ーーーーーーーーーー
数日後。
「まだまだ暑いと思ってたけど、夕方は少し冷えるね」
この日は週に一度、菅原の部活終わりに公園で会う日だ。
いつものようにベンチに並んで座り談笑していると、名前はブラウスの袖から伸びる二の腕を手のひらで摩りながらそう言った。
「ジャージで良ければ貸すよ」
菅原は鞄からジャージの上着を取り出し名前の肩にかけた。
「ありがとう」
「汗臭くても我慢しろよー」
「大丈夫。菅原君がバレー頑張ってきた証だから」
「そこは、臭くないって否定するとこだろ」
「あははっ」
無邪気な笑顔に菅原の頬も自然と緩む。
可愛い。
そりゃ好きになるヤツ出てくるよ。
こんなこと、今後もあるかもしれないだろ。
その度に狼狽えてたりしたら、余裕がなくてかっこ悪い彼氏だよな。
あれからずっと不安だった。
その理由はわかってる。
本人の口から、ちゃんと聞きたいんだ。
”告白されたけど、自分は菅原君だけだから”って。
聞いて、安心したいんだ。
俺ってこんなにも小さくて、わがままだったんだな。
「………」
「……菅原君?どうかした?」
喋らなくなった菅原の顔を心配そうに名前が覗き込む。
「……添田に告られたんだって?」
言うと、目の前の名前の顔は耳まで赤く染まった。
「なんで知って……あぁそっか、仲良いもんね」
視線を逸らして明らかに動揺している。
「どう思った?」
「え?どうって……ほとんど話したこともないのに、どうして私なのかな?って…」
「……嬉しかったか?」
やめろよ。そんなこと聞いてどうするんだよ。
「それは……好意を持ってもらえることは嬉しい、かな…」
「顔赤い」
「えっ、そう?」
これ以上格好悪い彼氏になりたくない。
「……おもしろくない」
やめろ。
「菅原君?」
止まれ。
「……やっぱり俺よりあいつがいい、とか思ってたりして……」
「………」
馬鹿野郎。
苗字はそんなふうに思う子じゃないだろ。
「……なに、それ…」
「………ごめんっ、やっぱ今の——」
「今日はもう帰る……これ、ありがとうね」
立ち上がり、肩からジャージを取って菅原に渡すと、背を向け足早に歩きだす。
瞳には涙を溜めていた。
菅原は去っていく小さな背中に向かって慌てて声を荒げる。
「苗字っ、ごめんっ!」
名前は一度立ち止まって振り返った。
「俺っ、どうかしてて——」
「でも、それが菅原君の本音でしょ!?」
「っ………」
返す言葉を探している間に、その背中は見えなくなってしまった。