菅原孝支と内緒の彼女【連載中】
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episode.07 「傘の中」
夏休みも残すところわずかとなった8月の終わり。
菅原の部活がない、貴重な一日。
2人は今日、初めてのデートをする。
この日のために買った新しい服に袖を通し、今日も暑くなりそうなので髪はアップにした。
胸元に小さなモチーフのついたネックレスを着けて準備完了。
「あら、ずいぶんオシャレしちゃって」
「え?そうかな…」
名前がリビングへ行くと、すぐに母親に指摘され、少し動揺する。
ネックレスは電車の中で着ければよかった、と思った。
「でかけるの?」
「うん。のんちゃんたちと買い物」
「いいわねぇ。いってらっしゃい」
親に嘘をつくのは初めてだった。
きっとバレないとは思うが、なんとなく後ろめたくは感じる。
”お母さん ごめんなさい”と心の中で謝罪した。
電車を乗り継いで、遠い駅で待ち合わせ。
知り合いに会わないように、と菅原が考えてくれたことだった。
今日は軽くランチをして映画を見る。その後は特に決めていないが、ずっと行ってみたかったカフェに菅原を誘おうと計画している。
2人で買い物もしたかったが、ショッピングモールは人が多いから、と今回は諦めた。
待ち合わせの駅に着くと、改札を出た先で菅原が待っていた。
制服でもジャージでもユニフォームでもない菅原を見るのは初めてだ。
Tシャツに膝丈のジーンズ、スニーカーにボディバッグ。
気取りすぎていない男子高校生らしい格好にいつも通りの爽やかな笑顔がよく似合う。
「おはよ!」
「菅原君、おはよう」
「私服、新鮮だなー!テンション上がる!」
「うん、そうだね。私も」
「じゃあ」
菅原は周りを見回した後、ニッと笑って手を差し出した。
「!」
「いい?」
「…うん」
下からそっと手を重ねると、菅原はギュッと握る。
そのまま店に向かって歩き始めた。
「こうして歩くの初めてだな」
「ごめんね、普通のカップルみたいに堂々とでかけられなくて……」
「なに気にしてんだよ。休みの日に会えるだけで俺は嬉しいよ」
「うん」
「それになんかさ、人目を忍んで会うなんて、スリルあって楽しいじゃん。有名人になったみたいだし」
こういったデートを普段から堂々とできないことが心苦しかったが、前向きに考えてくれる菅原に胸が暖かくなる。
この人を好きになってよかった、と改めて思える瞬間だった。
手を繋いで、肩を並べて歩いて、いつもより顔も近くに感じる。
緊張もするがそれよりも嬉しさと楽しさが勝る。
ギュッと手を握ると熱い手に握り返される。
触れている箇所から、じんわりと熱が伝わるように身体全体が高揚している。
夏合宿のこと、名前の通う塾のことや家のこと。いろいろな話をした。
お互いの話に、お互いが笑って
かと思えば、真面目な話もあったり
少しの沈黙もなんだか心地良い。
こんなに長い時間2人で過ごしたのは初めてだった。
また一回り、好きな気持ちが大きくなったように思った。
ーーーーーーーーー
「結構面白かったな。苗字、最後泣いてたろー」
「だって、なんか感動しちゃって」
映画館を出ると快晴だったはずの空はどんよりとしていた。
しとしとと降り出した雨に2人の表情も曇る。
「雨……」
「大丈夫。俺、傘持ってきた」
菅原はバッグから折り畳み傘を取り出し、それを広げた。
「一緒入ろ」
「……ありがとう」
相合傘。
顔が熱い。
今日一日で何度、この人にドキドキさせられるんだろう。
「まだ時間平気?どっかで雨宿りすんべ」
「あ、私行ってみたいカフェが……」
顔を上げた瞬間、視線の先に捉えたものを見て、名前は言葉を失った。
同時に菅原のTシャツを掴み、何かから隠れるように体に顔を寄せる。
「苗字?どうした?」
「……お兄ちゃん…」
「ん?」
「あれ、うちのお兄ちゃん……」
菅原が名前が目配せした先を確認すると、車道を挟んだ反対側の歩道を歩くひと組のカップル。
こちらと同じように2人で一本の傘をさしながら、仲睦まじく腕を組んで歩いている。
全くこちらに気付く様子はないが、名前は気が気でなかった。
なんでなんで?
わざわざ遠い駅まで来たのに。どうしているの?
もしも見つかってしまったら……
「……今日はもう帰るか」
菅原がポツリとそう言うと、名前は掴んでいた菅原の服を更に強く握った。
「でも、気付かないで向こう行ったし……」
「またどこですれ違うかわからないだろ?雨も降ってるし」
菅原の言うことは正しかった。
自分たちの交際は、身近な誰かにバレるわけにはいかない。
そのためには、なるべくリスクは回避したい。
頭ではわかっているけど、離れ難い。
寂しそうな表情をする名前を見て、菅原は楽しそうに笑った。
「またすぐ学校で会えるしさ」
「……わかった」
しぶしぶ納得するしかなかった。
駅までの道を歩きながら、あの時見かけた兄の姿を思い出す。
距離はあったけど、こちらに全く気付かないくらい、女の子とイチャイチャべたべた。
お兄ちゃんのせいで私がこんな苦労をしてるのに、自分は堂々と女の子と歩いて。
ずるいったらない。
「もうその拗ねた顔やめろよー」
信号待ちで立ち止まり、菅原は名前の頬を指で突いた。
「ごめん……もっと一緒にいたかったのに」
「………」
素直な言葉に菅原の笑顔は消える。
そして、信号待ちの人だかりから隠れるように傘を低く下げながら、首を名前の方への傾ける。
「……俺も」
顔が近い…と思った矢先
唇と唇が静かに触れた。
ほんの1秒足らず。
菅原の方はちゃんと目を閉じていたけど、名前は閉じる暇もないくらい一瞬の出来事。
それなのに、その一瞬は時間が止まったように静まり返り、傘を弾く雨音だけがやけに大きく響いた。
頬に触れた菅原の癖のある前髪が、少しくすぐったいな…なんて思う頃には、唇はもう離れて
目の前に少し照れた笑顔があった。
「雨も悪くないな」
夏休みの終わり。
初めてのキスは傘の中。