山口忠と積極的な女の子
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episode.10「積極的な恋人」
突然震えるスマホの画面に現れた”山口忠”の表示。
それを見て名前の心臓はドクンと跳ねる。
メッセージじゃない。電話だった。
山口とはあれっきりだった。
今日の始業式で遠くに姿を見たけど、すぐに視線を逸らした。
顔を見てしまうと、まだ好きな気持ちが溢れてしまうから。
なぜ今更、電話なんて……
出ようか迷いながらも、恐る恐る通話ボタンを押す。
「……も、もしもし?」
『苗字さんっ、今どこ!?』
「えっ、家だけど」
『あ、そうだよね。ごめんっ今、駅前にいてっ、ここまで来てから、家の場所知らないのに気付いて、どっち行っていいかわからなくて…っていうか、家にいるかなって……』
ひどく焦っている様子の山口に名前は心配になった。
「えっと…何かあったの?山口君」
『……会いたいんだ』
「!!」
『苗字さんに会いたい!!』
「………」
『……ハァ…ハァ……』
電話越しに荒い呼吸音だけが聞こえる。
それだけで、彼が必死なことが伝わってくる。
「……ロータリー出て左に真っ直ぐ行ったところに公園があるの。そこで待ってて?」
『わかった!ありがとう!』
名前は慌てて家を飛び出した。
山口は基本的に優しい。
そのせいか、いつも周りを気遣うような物言いだった。
だから
——会いたいんだ
こんなふうに必死に、真っ直ぐに主張をしてくることは初めてで、名前は絶対に応えたいと思った。
諦めなきゃ、と思っていた。
バレーに夢中になっている彼が大好きだったし、少しでもその妨げになってしまうのなら、私の気持ちなんて抑えておけばいい、と。
でも久しぶりに声を聞いてしまったら
やっぱり好きで
今にも泣きそうになるくらい
大好きで
——苗字さんに会いたい!!
私も会いたい。
もう一度、ちゃんと気持ちを伝えたい。
ーーーーーーーーーー
名前が公園に到着すると、ベンチに腰掛けていた山口はスッと立ち上がる。
「ごめんっ、急に呼び出して」
「ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしたけど。なんだか久しぶりだね」
並んでベンチに座り直した。
緊張が走り、お互いにまだ顔は見られなかった。
「電話もらえて、会いに来てくれて嬉しい。ずっと山口君のこと考えちゃってたから」
相変わらず、気持ちをストレートに伝えてくる名前に山口はドキッとした。
「あの、私——」
「待って」
何かを言いかける名前の言葉を山口が遮る。
いつも苗字さんは真っ直ぐ俺に気持ちを伝えてくれた。
だから今日は
「俺から言いたい」
緊張した面持ちで、じっと目を見つめてそう言うと、名前は黙って頷いた。
久しぶりに顔を見た気がする。
「えっと、これ。遅くなったけど、ホワイトデーに用意してたんだ。苗字さんに」
言いながら山口は小さな紙袋を手渡すと、名前は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ありがとう」
「日持ちするやつ選んだから大丈夫だと思う……じゃなくて、えっと……」
「……?」
「ほ、本命です!」
「……えっ」
「俺、苗字さんが好きです!」
山口がそう言い切ると、名前は下を向いて手に持つ袋を少し震える手でくしゃっと握った。
目からは涙が溢れていた。
「………」
「苗字さん……?」
「……私、山口君の邪魔じゃない?」
「なっ、邪魔なわけないよ!」
顔を上げた名前は
「私も好き」
泣き顔のまま嬉しそうにそう伝えた。
山口は安心したように微笑むと、震える小さな手に自分の一回り大きな手を重ねる。
「俺は毎日バレーばかりだし…寂しい思いさせちゃうかもしれないけど……それでも、そばにいてほしいんだ」
「よろしくお願いします」
「あ、うん。こちらこそ、よろしくお願いします」
名前が山口に向かってぺこりと頭を下げ、山口も同じように頭を下げた。
同時に顔を上げ、少しの間見つめ合う。
が、急にお互いに恥ずかしさが込み上げ、名前は思わず笑い、山口は勢いよく立ち上がった。
「急に呼び出してごめんっ。家まで送ってく!」
離れてしまった手を名前は寂しそうに見つめた。
いつかのように、並んで隣を歩く。
気持ちがふわふわとしていた。
まだまだ緊張もするし、”恋人同士”になった現実に心はそわそわして止まらない。
「そういえば、あの文字……」
「え?」
「教科書の裏表紙の……」
「あー…ははっ、やっぱり見ちゃったよね」
名前は気まずそうに笑った。
「ごめんなさい。教科書借りた日、無意識に書いちゃってて……」
「ははっ、無意識に?」
「山口君のこと考えてたら気持ちが止まらなくなっちゃったと言いますか……本当にごめんなさい。人のものなのに……」
「いいよ。嬉しかったし」
あの”メッセージ”のおかげで、一歩踏み出すことができた。
彼女があれを残してくれていてよかった。
諦めなくてよかった。
「………山口君」
「ん?」
「手、繋いでいい?」
言いながら、小さな手が伸びてきて俺の手がきゅっと握られた。
「返事聞く前に繋いじゃうけど」
そして悪戯に、嬉しそうに、こちらを見上げて笑う。
俺は恥ずかしさと緊張から、背筋をピッと伸ばした。
苗字さんは、俺の彼女は
やっぱり積極的な子だ。
…fin
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