山口忠と積極的な女の子
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episode.01「2月14日」
毎年思う。この日は学校なんて休みにすればいいって。
どうしても、そわそわしてしまうから。
たとえ義理でも、もらえたらラッキー。
だけどさ、もしかしたら1個くらい本命とか…って、虚しい期待をしてしまうから。
そして帰り道で「やっぱり俺なんて…」と落胆する自分の姿が想像できるから。
「ツッキーいなかったな。休みかな」
毎朝落ち会う場所に月島の姿がなく、山口はひとり寂しく登校した。
「山口君」
昇降口に入った瞬間、後ろから不意に呼び止められ、ビクッと身体が反応する。
振り返れば、話したこともない隣のクラスの女子生徒が小さな紙袋を手に立っていた。
少し緊張した面持ちで、頬は赤く染めている。
ドキドキと一気に鼓動が速くなってくる。
嘘だ。まさか。こんな朝からいきなり?
すごいじゃん!俺!今年はなんか違うじゃん!
やっぱ高校生ってすごいな!
試合にも出るようになったしな——
「あの……」
「あ、うん、何?」
「つ、月島君どこかな?いつも一緒だよね?」
「……あぁ…」
彼女の一言で、山口は全て理解した。
なんだ。ツッキーにか。
「ごめん、わからない。今日は一緒じゃないんだ。もしかしたら休みかも」
途端に曇る彼女の表情。
「そっか……ごめんね、引きとめちゃって」
「いいよ」
俺ってバカだなー。俺なわけないのに。
教室へ向かう途中、周りの男子生徒たちからも少しそわそわとした空気を感じる。
わかる。気持ちはわかるぞ。
教室へ入るころには落ち着きを取り戻した。
鞄を机に下ろした瞬間、山口はまた声をかけられた。
「山口」
同じクラスの女子生徒。
体育会系の部活に所属している、結構気が強くて、女子の中のリーダー的な立ち位置の、そんな子だった。
その隣にはあまり見たことのない、おとなしそうな女の子が一緒にいる。
その手にはやっぱり、それっぽい物。
まさか……
一瞬、そう思ったけど、朝のことがあったから今回は冷静だった。
「何?」
「これ月島に渡しておいてほしいんだけど。この子から」
ほらね。
「なんで俺?本人に直接渡したほうが…」
「は?あんた、乙女心わかんないの!?」
「えぇ?いや、だってさ……」
「いいからこれ!お願いね!」
リーダー的女子は隣の子から袋を受け取ると、それを山口の机に置いた。
自分で渡す勇気がないなら、わざわざこんなもの用意しなければいいのに。
名前も顔もわからない子からもらったって、ツッキーも困るだけだろうし。
行ってしまった2人の後ろ姿を眺めながら、山口はひとつため息を吐く。
ホームルームが始まるギリギリの時間になると、月島がダルそうに教室へ入ってきたのでそばへ駆け寄った。
「おはよ!ツッキー。遅かったね!」
「おはよう」
「これ、預かった。知らない子からだけど。そういえば名前聞くの忘れた。ごめん」
「ふーん」
月島は山口から渡されたそれを、おもむろに鞄にしまった。慣れた手つきで、何とも思ってないような表情で。
ちらりと見えた鞄の中には、すでにいくつか可愛らしい包みが見えた。
ーーーーーーーーー
「山口君、月島君は?」
「ごめん、知らない」
「ねぇ山口、月島知らない?どこにもいないんだけど」
「俺だって今日全然ツッキーと話せてないんだよ!」
「山口くん、あの、お願いがあるんだけど……」
「ツッキーなら今いないよ!」
今日一日、休み時間の度に月島はいつの間にか教室から消えていて、こんなやりとりばかり…
いい加減うんざりしてきた山口は、昼休み、今度こそは逃すまいと、弁当を手に素早く教室を出て行った彼を追いかけた。
「ツッキー!待ってよ!ねぇツッキー!」
「山口うるさい」
「休み時間のたびいなくなるのやめて?俺にとばっちりが来るんだよぉ」
「こんな面倒な日に休まず学校来てるんだから文句言わないでくんない」
「うわ!それ嫌味!」
ーーーーーーーーーー
「げっ」
それは授業が終わった放課後。
2人が向かった部室までの通路には数人の女子達。
こちらに気付くなり「あ、月島君」「やっと会えた」などと口々に聞こえる。
「頑張って、ツッキー」
「はぁ……」
山口は月島の肩に手を置いてそそくさと先を行く。
後ろでは女子生徒たちがワッと親友に群がった。
そういえば、中学の頃からツッキーはモテてたな。
あの身長だし、イケメンだし、頭もいいもんな。
そうだ。俺はいつも、ツッキーのおまけみたいなもんだったし。
誰も俺のことなんて……
「あの…山口君っ」
部室棟の階段を上り始めたところで、背後から控えめな声がかけられた。
振り返れば、緊張した面持ちの女子がひとり。
手には小さな紙袋。
今日、何度も目にした光景だった。
「あぁ。ツッキーなら向こうにいるよ」
おそらくまだ女子たちに囲まれているであろう、月島のいる方向を指差す。
が、彼女は不思議そうな顔で山口を見上げた。
「え?月島君?」
「あ、違った?」
山口の対応は的外れだったようで、気まずい空気が流れる。
ツッキーじゃないなら誰だ?
影山?まさか日向?
「違う。これ…あの……」
「?」
彼女はそれを真っ直ぐと山口の目の前に差し出した。
「山口君に」
言い終えると同時に頬が真っ赤に染まる。
「……なっ…」
状況を理解して、山口も顔が赤くなる。
「えっと……本命です」
「………」
追い打ちをかけるような一言に言葉を失い、ただ目の前の袋を受け取るだけで精一杯だった。
「忙しい時にごめん。部活、頑張ってね!」
「………」
逃げるように場を離れる彼女の背中を、あっけに取られながらただ眺めていた。
なんだか夢を見ているように頭がふわふわする。
でも、手に持つ物の感触も、ドクドクと速く脈打つ鼓動も、全てリアルなものだった。
「オウオウ!見たぞーこの野郎!!なかなか可愛い子だったじゃねぇか!」
「山口ー!お前ー!!まさか本命じゃねぇよな、それっ!!」
彼女とすれ違うように現れた田中と西谷が突然山口の視界に入り、肩をどつかれるが、驚きも痛みも何もなく、反応もできない。
「羨ましいぞチクショー!!」
「………」
「おーい、山口ー」
「………」
「ダメだなこいつ。固まってる」
後輩を冷やかすことを諦めた2人は先に部室へと消えていき、静かになったところで、冷静に手に持つ紙袋へ視線を落とした。
中には水色の包みでラッピングされた箱型のものがチラリと見える。
夢なんじゃないか、といまだに信じられない状況。
渡してくれた子の顔が頭に浮かぶ。
きっと、同じ1年だ。
名前は知らないけど見覚えのある子だった。
”本命”って言った。
”本命”って、義理ではないってことで…
俺のこと好きってこと?
俺があの子の”本命”。
……なんで、俺?
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