山口忠と積極的な女の子
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episode.08「3月14日」
朝、教室に入ると同時に名前のスマホが震え、メッセージの着信を伝えた。
相手は山口。
『今日の放課後、少し会えますか?』
今日はホワイトデー。
そして、好きな人からの呼び出し。
どうしたって期待してしまう。
同じ頃、メッセージの送信キーを押した山口は机に突っ伏していた。
これでもう、後戻りはできない。
放課後のことを考えるだけで、心臓がバクバクと緊張してくる。
昨日は覚悟を決めたはずなのに、いざ気持ちを伝えると思ったら急に弱気になってしまった。
授業中も先生の話など頭に入ってこない。
学年終わりのこの時期、聞かないと困るような大事な内容ではなかったのが救いだった。
山口の頭の中は名前との今後のことばかりだ。
今日から、付き合うことになるのかな?
まさか俺に彼女ができるなんて…
っていうか、付き合うって何?何するの?
デ、デートとか?
この間みたいに一緒に帰ったり?
でも、放課後は毎日部活だ。一緒に帰れる機会なんてきっとほとんどない。
部活か……両立できるだろうか。
きっとバレーが優先になってしまう。
付き合えたとしても、苗字さんに寂しい思いをさせてしまうかも。
それならいっそ、このままでいたほうが……
でも……
自問自答を繰り返しているうちに、約束していた放課後になってしまった。
月島に先に部活へ行ってもらい、山口は校舎から部室へ向かう途中にある花壇のそばで名前を待った。
前に偶然会った場所だったので、ここを待ち合わせ場所に指定していた。
結局考えはまとめられていなかった。
「山口君」
少しして現れた名前は、山口と同じように少し緊張した面持ちだった。
「苗字さん。ごめん、来てもらっちゃって…」
「ううん、この後部活?」
名前は山口がボストンバッグを肩にかけているのを見て意外そうな顔をした。
「あ、うん。テストも終わったしね。えっと、それで……」
「…うん……」
向き合って、緊張の空気が流れる。
下校していく生徒たちの声がやけに遠くに感じた。
どうしよう、とりあえずプレゼント渡す?
バレー優先で寂しい思いをさせちゃうかもしれないこともちゃんと伝えて…
違う。その前にまず気持ちを伝えるんだ。
あーダメだ… 緊張してる…
「お、山口!部活行かねぇの?」
背中から声をかけられ振り返ると、そこには田中と西谷の姿が。
2人は山口の奥に女の子がいるのを見つけ、声を上げる。
「うお!山口が女子といる!」
「なに!彼女か!?」
「えっ」
”彼女”という言葉に名前の頬が染まった。
「か、彼女だと〜……!!」
「ち、違います!そういうんじゃないです!」
羨ましいのか、怒りなのか、よくわからない形相で燃え上がる田中に、山口は全力で否定した。
「なんだよ、別に隠す必要ないんだぞ。青春じゃねぇかー!」
「だから、本当に違うんですって」
ニコニコと笑っている西谷にも慌てて否定をする。
待ち合わせをこの場所にしたことを、心底後悔していた。
「お前ら変な絡み方やめろよー。山口困ってるだろー」
と、彼らの後ろから縁下が現れ、山口はホッと胸を撫で下ろした。
「だってよ!山口が彼女連れてて!」
「いいからさっさと行けー。もう先輩たちいないからって気緩ませてると……俺が許さないからな」
「わぁったよ。行きゃいいんだろー」
「力、顔こえんだよー」
「山口も、早めにな」
「はい、すぐ行きます!」
騒がしい彼らがいなくなると、再び2人に緊張した空気が訪れた。
「あの、なんか、ごめん…」
「ううん…」
「………」
ツッキーは付き合いたいならそう言えばいいって言ってくれたけど
あの先輩たちですら、彼女も作らずバレー一筋でやってきたのに、俺なんかが女の子と浮かれたりして……
そんなの、許されるだろうか……
ただでさえ、練習時間は足りないのに……
「ごめん、山口君」
考え込む山口を前に、口を開いたのは名前の方だった。
「私、今まで迷惑だったね」
「え…いや、どうして?」
「気が付かなくてごめん。部活、がんばってね!」
そう言い残して足早にその場を離れてしまった。
「えっ、ちょ、待って!苗字さん!」
引き止めると一度立ち止まり、山口の方を向いて頭を下げる。
「今まで優しくしてくれてありがとう」
そしてすぐに向きを変え、行ってしまった。
どんどん小さくなる背中がやがて見えなくなっても、山口はその場を動くことができずにいた。
なに今の”もう終わり”みたいな言い方……
用意したホワイトデーのプレゼントはカバンから出せないまま
渡すことができなかった。