山口忠と積極的な女の子
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episode.07「決意」
テスト勉強のため、机に向かい教科書を出す。
手にしているのは、同学年の皆が持っているものと同じ、ただの数学の教科書。
なのに、胸がドキドキしてくる。
くるりと返して裏表紙を向けると、一番下には”山口忠”の文字。
彼が書いた字。
それを見ただけでさらに鼓動は速くなった。
今日は今までで一番幸せな日だった。
色々な山口君を見られた。
問題が解けた時、一緒に喜んでくれる笑顔。
理解の悪い日向に呆れながらも、解けるまで付き合ってあげる優しいところ。
勉強中の節目がちな目元。
ペンが短く見えるほど大きな手と長い指。
隣を歩いたときに改めて感じた背の高さ。
私の話を聞いてくれているときの優しい目元。
照れた顔。
思わず、教科書を両手で抱き締めた。
大好きです……
「……お借りします」
自分の行動に急に恥ずかしくなり、教科書を机に戻し、今日の復習に取りかかった。
本当は少し不安だった。
気持ちを押し付けすぎているかも。
山口君は優しいから、嫌がらずにいてくれてるけど、本音は迷惑に思ってたりするのかも、って。
でも、今日は駅まで送ってくれたし、教科書貸してくれたし、連絡先も教えてくれたし
私、もう少し、頑張ってみてもいいのかな……
——次の日。
「山口ー!呼んでるー!」
「おう!」
朝一番にクラスメイトに呼ばれた山口が入口の方を見ると、教科書を手にした名前と目と目が合う。
その顔つきは少し緊張しているようだ。
山口の方も昨日のことを思い出していたが、平静を装って名前の元へ向かった。
「おはよう」
「おはよう、山口君。これ、ありがとうございました」
「うん」
他のクラスの女子が山口を訪ねてくるのは珍しいのか、男子生徒たちが2人に注目している。
視線を感じた山口は廊下へ出ると窓際に名前を誘導した。
「復習できた?」
「うん。おかげでばっちり!テストも大丈夫!たぶん」
「ははっ、よかった。またわかんないとこあったらおいでよ。俺で教えられることなら力になりたいし」
「ありがとう。でも進学クラスって少し緊張するんだよね。同じ1年なのに、なんだか場違いな気がしちゃって」
「そう?じゃあ呼んでくれたら俺がそっち行くよ」
困ったように笑う名前に、山口はポケットからスマホを取り出して見せる。
と、その厚意に感動した名前の目が潤む。
「山口君、優しすぎる」
「えっとさ、だから…その目やめて?」
「あぁ、ごめん。じゃあ、またね!」
「うん、また」
1組の方へと戻っていく背中を見送りながら、笑みが溢れそうになるのを必死で堪えていた。
こんなふうに校内で自然に話せるようになるなんて、2人の関係性は確実にいい方向へ向いている。
なんて言うか……いい感じだ。
「ふーん。いい感じじゃん」
人に紛れて名前の姿が見えなくなる頃、いつの間にか隣に月島が立っていた。
「うわ!ツッキー!びっくりした!」
「声うるさい。あの子と付き合うの?」
「ええっ!わかんない!付き合うのかな!?」
「……僕に聞かれても」
朝のホームルームが始まる鐘が鳴ったので、月島とともに教室へと戻った。
返された教科書を机にしまう。
これを一晩彼女が持っていたんだ……
そういう目で見ると、無性にドキドキした。
ただの教科書なのに。
——あの子と付き合うの?
「………」
俺は苗字さんが好きだ。
確実にこの気持ちはそうだとわかる。
苗字さんもバレンタインに”本命だ”と言ってくれた。
それは間違いなく”俺を好き”という意味だと思っていいと思う。
でも、それだけだ。
苗字さんは俺と付き合いたいのかなぁ?
ーーーーーーーーー
「”付き合って欲しい”って言われたわけではないから、確実に両想いっていう自信はないんだよね……」
「でも、お返しは買うんだ」
「だって、せっかくチョコもらったし。お返しするのが筋ってもんでしょ」
「………」
テスト期間も終わり、1年生の生活も残り2週間ほど。
山口は月島に付き添いを頼み、駅前のデパートへ来ている。
名前へのバレンタインのお返しを買うためだ。
「もらったのは手作りだったんだけど、さすがに俺は作れないからさ……」
「だろうね」
「和菓子が好きなんだって。ツッキーならどれ選ぶ?」
「さぁ。なるべく日持ちする方がいいんじゃない?」
「なるほど!さすがツッキー!」
数分後、デパ地下の和菓子売り場で考え込む山口に早くも嫌気がさした月島は、ついていく歩みを止める。
「僕、向こうでケーキ見てくる」
「えっ、行かないでよ!ツッキー!」
山口の引き止める声を聞きもせず、洋菓子のコーナーへと行ってしまった。
そんな月島が購入したケーキを手に戻ってくる頃には、山口もカウンターへお金を払っているところだった。
「あ、おかえりツッキー。これにしたよ」
山口が指差したショーケースの中を見る。
それは、花の形をモチーフにした焼き菓子。
中には餡子が入っているようだ。
ピンク、紫、黄と色鮮やかで可愛らしい詰め合わせになっている。
「美味しそうだし、可愛いよね。苗字さんの雰囲気にぴったりだと思って」
「……そうだね」
月島は「よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるね…」というセリフは飲み込んだ。
会話を聞いていた店員の女性は、お釣りを渡しながら優しい笑みを浮かべている。
その様子に、なんだか月島の方が恥ずかしくなった。
「じゃ、ツッキー、今日はありがとう」
家までの分かれ道で立ち止まり、山口が月島にお礼を言うと、月島はヘッドホンを耳にあてながらポツリと呟いた。
「……相手がどう思ってようが、関係ないんじゃない?」
「え?」
「山口が付き合いたいなら、そう言えばいいよ」
「そうかな……」
彼女と話している時の山口は優しい顔をしていて
彼女の話をしている時は恥ずかしそうにしながらも嬉しそうで、楽しそうで
親友の初めての恋を、月島も珍しく素直に応援がしたくなっていた。
「じゃ、まぁがんばって」
そう言い残してスタスタと行ってしまう背中に向かって、山口は嬉しそうに声をかける。
「ありがと!ツッキー!!また明日!!」
「山口うるさい。近所迷惑」
こちらを見もしない親友の背中に向かって手を振って、自分も家に向かって歩き出す。
不思議と足取りは軽く、顔は上を向いていた。
ツッキーの言う通りだ。
苗字さんがどう思っていようが関係ない。
俺は彼女が大好きで、できることなら付き合いたいと思ってる。
彼女がバレンタインに勇気を出してチョコをくれたように、俺もこれを彼女に渡す。
自分の気持ちを添えて。
ホワイトデーは明日。
覚悟は決めた。