山口忠と積極的な女の子
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episode.05 「勉強会」
1年最後の期末テストを控えた2月の終わり。
テスト前のため部活は休み。
放課後、山口は日向に数学を教える約束をしていたため、1組へと向かった。
帰宅する生徒が次々と出てくる教室の扉前まで来ると、中から話し声が聞こえる。
「ねぇ、やっぱり迷惑じゃないかな?」
「いいヤツだし大丈夫!今日は影山もいないしな!影山より 苗字に教える方が絶対楽だからさ!」
「本当?」
「本当だよ。あいつヤバいんだよ!この間なんかさ…」
楽しそうに笑い合っている2人。
一瞬戸惑うが、平静を装って教室に入った。
「お待たせー日向」
「おう、山口!」
日向が立ち上がると、隣にいる名前も立ち上がる。
この流れ、彼女も一緒に勉強するようだ。
「こいつ苗字!俺と同じで数学苦手なんだって。悪いけど一緒によろしく!お願いします!山口様!」
「お願いします!」
山口に向かってバチンっと両手を合わせる日向の横で、名前も頭を下げた。
山口は苦笑しながら「いいよ」と言い、日向の前の机の向きを変え、ぴたりとくっつけた。
「苗字さん、数学苦手なんだ。意外」
「山口君のように進学クラスではないので…お恥ずかしいですが…ほとんどの教科が苦手です……」
自然に話をする2人の様子に日向は嬉しそうに笑った。
「あれ?2人すでに知り合いだったのかぁ!ならちょうどいいじゃん!」
3人の勉強会が始まった。
テスト範囲の確認をし、それぞれの苦手な部分を重点的に復習する。
勉強をしながらも、時々交わされる2人のやりとりに、山口にはモヤモヤとした感情が生まれていた。
苗字さん、俺と話す時よりも日向相手の方が自然に振る舞ってる。
日向はコミュニケーション能力が高いから、女子相手でも距離が近い。
焦る。
俺が教えやすいようにだろうけど、机をぴたりと並べて隣に座って楽しそうに日向と話してる苗字さんを見たら、すごく焦ってしまう。
苗字さんの周りには男子なんてたくさんいる。
むしろ日向のように同じクラスでもない俺は、彼女との接点なんてひとつもない。
当たり前のことなのに、気付いていなかった。
彼女はこの教室で、男友達に囲まれて
あの笑顔を無防備に見せているんだ。
焦りだけでなく、怒りのような感情も湧いてくる。
自分の中にこんな気持ちがあったなんて。
彼女の隣に座りにながらも、簡単な問題に頭を抱えている日向を無性に蹴り飛ばしたい気分だった。
「うあー!ボール触りたい!」
30分ほど経つと、日向の集中力は切れてくる。
それでも今日は集中している方だった。
「いつもなら部活やってる時間だもんね」
「山口、この後少しやってかね?」
「体育館あいてないでしょ」
「外でいーじゃん」
「寒いなぁ」
「日向は本当にバレーが好きなんだね」
2人のやりとりに名前は手を止めて笑った。
そう言う苗字さんは何か部活をやってるんだろうか?
山口はそう疑問に思ったが、今度話す話題にとっておくことにした。
「苗字は?なんか部活やってんの?」
が、その考えも虚しく、日向にあっさりと先を越された。
「うん。茶道部」
「茶道部!」
へぇ。この学校、茶道部なんてあったんだ。
「あ、茶道部なんてあるんだって思ったでしょ」
やば。
山口の考えを読んだように名前は口を尖らせる。
「思った!」
日向も図星だったらしく、素直にそう答えながら笑った。
「まぁ活動してるのは週に1回だけなんだけど」
「楽しいの?よく知らないけど、正座してお茶飲むんでしょ?俺なら耐えらんない!なんで茶道部?」
失礼な言い方なのになぜか嫌味を感じない。
日向の人柄がそうさせるのか。
素直に思ったことを伝えながら何でも聞くことができる日向のことが、だんだんと羨ましくなってくる。
日向の問いかけに、名前は一瞬山口を見た後、言いにくそうに小さく答えた。
「和菓子が……」
「ん?」
「和菓子が食べられるから……」
「和菓子、好きなんだね。美味しいもんね」
山口がそう言うと、恥ずかしくなったのか名前は日向の肩をパシッと叩く。
「言いたくなかった!日向のせいだ!」
「えぇ!?なんでだよ!別にいいじゃん!」
距離の近い2人を止めるよう、山口は少し声を荒げる。
「ほらほら!手止まってるよ!」
「「はいっ!」」
ーーーーーーーーー
「うわ!暗くなっちゃったな!」
3人で校舎を出ると、あたりはすっかり夜になっている。
山口はチラリと名前を見た。
時間はまだそこまで遅くはないが、この暗い道を女子ひとりで帰らせるべきではないよな、と悩んでいると
「苗字、家どこだっけ?送ってく!」
またも日向に先を越されてしまった。
「駅の向こう側だよ。ひとりで大丈夫」
「なら駅まで——」
「俺が送るよ!」
日向の言葉を遮ると、2人は少し驚いた顔で同時に山口を見上げる。
「あ、いや……日向自転車だし、遠いじゃん。それに、俺ちょうどコンビニ寄ろうと思ってたんだよ。駅前の」
いや、不自然すぎるでしょ……
「そか!じゃあ山口よろしく!苗字もまた明日な!」
「あ、うん。また明日ね。」
校舎横の駐輪場へと向かった日向の背中を見送ってから、2人並んで歩き出す。
……日向がバカで助かった。
送る、なんて余計なお世話だったかな…
だって、なんか…
平気で隣に座ってたりとか、自然と笑い合ったりとか、言い合いとか、肩叩いて怒ったりとか
なんか、焦ったんだよ……
「……これは何かのご褒美ですか?」
校門を出たところでポツリと名前が呟いた。
「えっ?」
「あ、ごめん。嬉しすぎて心の声が」
「心の声?」
山口は、楽しそうに笑った。
どうやら彼女にとって余計なお世話ではなかったようで、安心もした。
「ごめん、私変だよね。2人になった途端すごく緊張してる」
困ったように笑って山口を見上げてくる。
そうか。
日向とは緊張しないけど、俺とは緊張するのか。
「2人で帰れるなんて夢のようです。よろしくお願いします」
「いやいや、そんな」
緊張してるのは、俺も同じ。
それは意識しているからだ。苗字さんを。
緊張するけど、悪くはない。
2人だけのこの時間を大切に過ごしたい。
彼女の肩が触れそうになる左腕を意識しながら、駅までの道を並んで歩いた。