菅原孝支と内緒の彼女【連載中】
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episode.03「となり」
「もうすぐ夏休みだし、席替えでもするか!」
学期末のテストや面倒な進路相談も終わったこの時期。ホームルームでやることが浮かばなかったのか、担任が突然そう言い放った。
「先生、文章の前後が繋がってない!」
「こんな時期に席替えって!」
クラスがザワつき始める。
3年になった日から変わらず出席番号順のまま座っていた席を、夏休み一週間前にして「替える」と言い始めるのは誰が考えても時期が悪いが、生徒たちは乗り気になっていた。
担任が黒板に席の配置を書き、そこへ適当に番号をふっていく。その横で、学級委員がくじを作る。
窓際がいい。廊下側がいい。
一番前は絶対に嫌だ。
あの子の近くに行きたい。
少しでも好きな人のそばへ。
年に数回行われるこのイベントは、小学生の頃から誰もが例外なく、頭に欲と不安を同時に浮かべ、胸がざわつくものだ。
菅原はチラリと名前を見る。
彼の視線には気付かず、横の席の女友達と何やら話をしている。
楽しそうなその様子に
少しでも近くに、と下心を持っているのは俺だけかな
と、少し落胆した。
「ノートうつさしてくれるヤツの隣がいいなー」
唐突に横の席の友人がそう嘆いたので、視線を戻し彼に答えた。
「授業中寝なきゃいい話だろー」
「そう言ってスガは見せてくれなかったもんなー!」
「少しは見せてやったろーが」
菅原の笑い声に反応するように、名前はコソッとそちらを見る。
横の席の男子と楽しそうに話している様子を見て
少しでも近くに、なんて思ってるの私だけかな
と、こちらも少し落胆していた。
「げっ」
菅原が引いた席は一番前のちょうど真ん中。
教卓の目の前。
授業態度が悪いわけではないが、できれば避けたい場所ではあった。
でも”灯台下暗し”で、意外と先生からは死角かもしれない。と、自分を励ましながら席を移動させる。
ほとんどの生徒が移動を終える頃、後ろの席の友人に話しかけるように自然に後ろを向きながら教室全体を見渡して名前の席を確認した。
彼女は隣の列の一番後ろの席だった。
くじ運がいい。
だいぶ離れてしまった。
まぁ、関係を隠すにはその方がいい。と、菅原はもう一度自分を励ました。
「先生!俺ここだめだ!黒板の字読めないわ」
全員の席が決まり移動を終える頃、突然声を上げたのは菅原の列の一番後ろの男子生徒。
「メガネ買えって言ったろー。仕方ないな。じゃあ…菅原と交代」
おのずとその列の一番前に座る菅原が指名された。
一番後ろの彼と席を替わる…ということは
「えっ、やった!」
うっかり、心の声が盛大に漏れた。
「お前一番後ろだからって喜ぶな」
担任の返しにクラス中に笑いが起こる。
もちろん一番後ろの席に喜んだわけではないが、本当の理由がバレてしまっては困るのでこの勘違いは幸いだった。
「はい、すみませーん」
ヘコヘコと先生に頭を下げ、再び机を移動させる。
堂々と、恋人の隣へ。
「じゃ、しばらくこの席でいくぞー。慣れろよー」
教卓に立つ担任の話が始まった。
窓側から数えて、三列目と四列目の一番後ろ。
2人とも、黙ったまま前を向いてはいるが
互いに意識している空気が互いに伝わる。
先に相手を見たのは菅原だった。
名前は真面目に担任の話をメモにとっている。
が、視線に気づいたのか、ちらりとこちらを向いてきたので、パチっと目が合う。
瞬間、すぐに下を向いた。
ドギマギとぎこちないその様子が愛おしくて
菅原は笑みをこぼした。
ーーーーーーーーーー
次の日。
バレー部はいつもより少し早めに朝練が切り上げられた。
先生に用があるという澤村と、クラスの違う東峰と別れ、菅原はひとり3年4組の教室へ向かう。
予想通り、一番乗りだった。
机にカバンを置きながら、どうしても視線は隣の席を見てしまう。
今日から毎日、いつも横にいるんだ。
意識してテンションが上がる。
と、足音がして振り返ると、現れたのは名前本人だった。
「おはよ。苗字」
「あ、うん。おはよう」
平静を装って挨拶すれば、名前の方は声がうわずり、明らかな動揺が伺える。
その様子につい笑ってしまうと、恥ずかしそうに席に着いた。
と、そのまま教科書とノートを机に広げはじめたので菅原は驚いて声を上げた。
「え、勉強すんの?朝から?」
「うん…期末の結果が思ったより悪くて。そのために最近は少し早く来てるの」
「真面目!」
「落とせないもん。成績」
「そうだったな。つーかごめん。学校では最低限しか話さないんだった」
言いながら菅原は席に着き、鞄の中身を机へとしまう。
廊下にはちらほらと登校し始めた他のクラスの生徒たちが歩いており、そろそろこの教室にもクラスメイトが入ってきそうだ。
「……隣の席なのに何も話さないのも不自然だし、少しくらいならいいんじゃないかな」
ノートにシャープペンで文字を走らせながら、名前はそう呟いた。
「とか言って、ただ話したいだけなんだけど」
と、小声で続けた言葉に菅原の鼓動は速くなる。
「急に可愛いこと言うのズルいよな〜」
小さく呟いた言葉は名前の耳には届かなかった。
「お!スガがもういる!めずらし!」
「ほんとだ。朝練もう終わったんだな!」
教室に入ってきた2人の友人に声をかけられる。以前名前のポニーテールに注目していた彼らだ。
2人きりの時間を邪魔されたことから、菅原は少し不機嫌そうに「おー」と適当に返事を返した。
「苗字は今日も朝から勉強かー」
「うん、おはよう」
「ほんと偉いな。マジで」
この友人2人はいつも登校が早いようで、名前がこの時間に勉強していることを知っているようだった。
そんなささいなことが、少し悔しい。
「まだ時間あるし、外行かね?」
「スガも来いよ!昨日の借り返す!」
彼らは鞄を机に置くなり、教室の後ろにあるボールを手に取った。
朝のホームルームまであと20分ほどだが、男という生き物はその少しの時間でも体を動かしたいんだな、と名前は思った。
「んー……俺はいいわ。ちょっと寝る」
少し考えた後、菅原は机に突っ伏して目を閉じた。
「はー?」
「まぁあいつは朝から散々ボール触ってたんだろ。寝かしてやろーぜ」
2人が教室を出ていくのと入れ替わるように、少しずつクラスメイトが増えてくる。
声をかけてくる友人に挨拶を返しながら、勉強に集中していた。
ふと、隣の席を見る。
寝ている菅原の後頭部が名前の方へ向けられていた。
ふわふわと少しクセのある銀色の髪。
触りたい。
でも、だめ。
皆もいるのに、こんな場所で触っていいわけがない。
邪な気持ちをかき消すよう、ふるふると頭を振る。
と、隣で菅原が突然顔の向きを変え
こちら側を向くと同時に目を開けた。
パチっと視線と視線が交わると、ニッと笑う。
瞬間、名前の顔は赤く染まる。
まさか、本当はずっと起きていた?
「おはよう苗字。これスガ寝てんの?」
後ろの入り口から入ってきた澤村は、机に突っ伏している菅原を見るなり隣の名前にそう声をかけてきた。
同時に菅原は目を閉じる。
「澤村くん、おはよ!うん…寝てるみたい」
「じゃあ後にするか」
相談があったんだけど仕方ないな…と呟きながら、澤村は自席へと行ってしまった。
名前はそれを見送ると、再び勉強に戻る。
が、すぐに視線を感じた。
菅原がまた、こっそりとこちらを見ていた。
「……起きてるなら澤村くんのとこ行ってあげて?相談って、部活のことじゃない?」
教科書のページをめくりながら、小さな声で呟くようにそう言った。
教室内にはもうほとんどの生徒が集まってきており、ざわついている。
「……じゃあさ、俺のお願い聞いて」
菅原も隣にだけ聞こえる小声で話すと、名前は、ん?という表情を向けた。
「今度デートして」
再び、一瞬で顔が熱くなる。
誰かに聞かれたんじゃないかと不安になり、周りを見てみるが、幸いこちらに注目してるクラスメイトはひとりもいない。
時々こうやって甘えるような態度をとってくる彼にはどうしても抗えない。
観念したように名前は一度だけ頷いて、再びノートへ視線を戻した。
「よし!!」
菅原は勢いよく立ち上がり、澤村のもとへ行く。
「大地ー!先生なんだって?」
「おう、スガ起きたのか。夏合宿のことなんだけど……」
デート……
デートってあれだよね。
恋人同士が街中を並んで歩いて、ランチしたり、お買い物したり、映画見たり…
それを、私が菅原君と……
想像して、勉強する手がすっかり止まってしまった。
夏休みを目前に、隣の席になった2人。
付き合って、3ヶ月が過ぎていた。
2人が恋人同士なことは、皆には内緒。
だけどもうすぐ、初めてのデートをする。