第一章 〜私の存在〜
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日も変わらず、絨毯を売っている。
が、絨毯が一日に次々と売れるなんてことは
滅多にない。
人気店というわけではないが
街の中では昔からの老舗ということもあり
ひいきにしてくれる資産家の常連客が何人かいて
その人たちによる度々の大口注文によって
店は成り立っていた。
私はなんで、ここにいるんだろう。
最近ミドリは、退屈な店番中に
よくこんなことを考えていた。
こんな絨毯
一生懸命売ったって褒められるわけじゃないし
あんな人たちとこれ以上一緒に居るのも辛い。
ひとりきりでもいい。
自由に生きていきたい。
でも……逃げ出す勇気はない。
なんて情けない。
こうしていつも、ぐるぐると堂々巡り。
ふと、目の前に置かれた自分の手首を見る。
細い。また痩せた気がする。
今日も私の分の朝食はなかった。
もう3日、満足に食事をしていない。
「はぁ……」
ため息を吐いて、袖をできるだけ引っ張るが
細い手首が隠れることはない。
視線を店前の通りへと戻すと
その時ちょうど通り過ぎた男性と目と目が合った。
あの人は!
あの時の、ビビ王女を迎えにきた護衛隊の人。
ペルの方も気が付き、歩みを止めたので
ミドリは頭を下げた。
あれからひと月ほど経っているため
自分のことを覚えているとは思えなかったから
他の客にするのと同じように挨拶をした。
が、少しきごちないものになった。
「こ、こんにちは。」
「ここは…あの時の絨毯屋か。ビビ様がひどく気に入っておられた。」
周りの絨毯を見ながら店の中に入ってくるペルに
ミドリは少し頬が緩んだ。
覚えていてくれたことが、思いのほか嬉しかった。
「なるほど。ビビ様はこれに惹かれていたのか。」
ペルは感心したように眺めながら
壁の絨毯に軽く触れる。
「王女様はお元気ですか?」
「あァ。ただ公務が忙しいようで。なかなか街に出られないとボヤいてはいるがな。」
「そうですか。またお会いしたいです。」
「ビビ様も、またこの店に来たがっていた。確かに素晴らしい品々だ。」
「よかったらいかがです?あ、すみません…王宮にはもっと高価な絨毯がきっとたくさんあるんでしょうね…」
「いや、そんなことはない。どれも見たことがない作りのものばかりだ。」
一枚一枚ゆっくりと見て回るペルの姿に
ミドリは嬉しくなり、つい目で追っていた。
と、不意にこちらを向いたペルと再び視線が合い
気まずさと恥ずかしさから反射的に俯く。
「……失礼だったらすまない。君は…何か辛い目にあっているのか。」
「えっ……い、いえ…そんなことは……」
やっぱり、こんなやつれた顔だから
心配させてしまった。
ミドリはストールを深く直しながら首を横に振る。
その様子に、納得はできなかったが
深くは追求するべきではないか、と
ペルは視線を商品へと戻した。
「……それなら、いいんだが。」
そのまま視線の先のカウンター横に並ぶ
アクセサリー類を見つけ
その中のひとつをおもむろに手に取った。
「丁寧に編み込まれているな。」
「ミサンガです。そういうの作るの好きなんです。」
「君が作ったのか?」
「はい。なかなか売れないんですけど……」
苦笑しながらミドリがそう言うと
ペルは手に取っていたミサンガを
そのままカウンターの上へ置いた。
「これをいただこう。」
「えっ、買ってくださるんですか?」
「あァ。これが気に入った。」
「ありがとうございます。私の初めてのお客様です。」
ミドリは嬉しそうにカウンターの中へと入る。
白と黒のヒモで編み込まれ、中央部分には
紫の丸いビーズが5つ、等間隔で並んでいる
そのミサンガを丁寧に小袋へと入れた。
その嬉しそうな様子に、ペルも頬を緩ませた。
「次はビビ様も連れてくる。」
「はい、是非。お待ちしています。」
お金を受け取り、商品を渡す。
その際も顔は笑っているが、どこか俯いていて
あまりこちらの方を見ようとしない。
そんな様子のミドリに
ペルは視線を合わせるように背を屈め
顔をのぞかせながら、最後にもう一度聞いた。
「……本当に、大丈夫なんだな?」
「……はい。ありがとうございました。」
最後にお礼を言いながら深く頭を下げることで
泣きそうになった顔をペルの視線から隠した。