最終章 〜私の戦士〜
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——夜
夜空には雲ひとつなく
一際大きな月と星々が輝いていた。
この時間はほとんど人が寄りつかない中庭を
最低限の灯りがほんのりと照らす。
ミドリがやってくると
すでにその中心にペルの姿があった。
「ペルさん、こんばんは。」
「仕事は終わったのか。」
「はい。お待たせしました。」
薄暗い中映されるペルの表情は
いつもと同じ優しい笑み。
全てを包み込んでくれるような
ミドリの大好きな笑顔だった。
あれからずっと
ペルさんに何と言うべきかを考えていた。
出すべき答えはわかっている。
宮殿を離れて、ナノハナへ行くべきだ。
好きなことを仕事として
自信を持って続けていくために、技術を磨く。
それが必ず、自分を成長させる。
頭ではわかっているのに
すぐに答えを出せないのは
会いたい時に会えなくなってしまうことが
とても怖いから。
やっと手に入れた幸せを
自ら手放すことになってしまうから。
でも、目の前のこの笑顔は
そんな私のぐちゃぐちゃの頭の中まで
全部を包み込んでくれる。
「少し空を散歩しよう。」
「え……?」
「冷えるから、これを着なさい。」
ペルはミドリに上着を手渡すと
大きなハヤブサへと変化する。
突然のことに少し戸惑いながらも
ミドリは渡された上着に袖を通すと
ペルに促されるままに背中へとしがみついた。
スッと両翼を広げると、力強く地を蹴り
あっという間に上空へと上がった。
風に乗り、上へ上へと昇っていくと
アルバーナの街の明かりが小さく、遠くなった。
ペルはある程度の高さまで昇るとスピードを抑え
ほとんど翼を羽ばたかすことはなく
空中浮遊を楽しむようにゆったりと飛んでいる。
ミドリは強くしがみついていた体を起こし
周りを見る余裕ができた。
空には星が輝き、下を見れば真っ暗な砂漠。
静かな夜。空を切る音だけが耳に響く。
特に会話を交わすことはなかったが
優しい空気感が2人を包んでいた。
しばらく夜空の散歩を楽しんでいると
前方に小さな明かりの集まりが見えてきた。
「あそこは夜でも街全体が明るいな。」
ポツリとペルが呟き、ミドリも小さく反応した。
「あそこは……」
「ナノハナだ。」
その一言にドキッとする。
ペルがスピードを速めると、明かりが大きくなり
一瞬のうちにナノハナの上空に到着する。
高度を下げ、そのまま街の端の広場へ降り立つと
ミドリを背中から地に降ろした。
「遠い街も、空からなら近く感じるだろう。」
人型に戻ったペルはミドリに笑顔を向けた。
ミドリは唐突に空の散歩へと誘い出してくれた
ペルの行動の真意に気付き始め、言葉が出ない。
「……すぐに会える。」
少しずつ涙ぐんでくるミドリの頭に
ペルは優しく手を乗せた。
「私からいつでも、こうして会いにくる。」
「…っ……」
ミドリは鼻をすすりながら堪えるが
目の前のナノハナの街が涙で歪んでくる。
「いつか飛べる、と言っただろう。君も自由に飛び立つ時だ。ミドリ。」
ペルはミドリの泣き顔を自分の胸へと
押し付けるよう、優しく頭を抱き寄せた。
ミドリもその背に手を回し、ギュッと抱き付く。
愛おしい人の温もりに、余計に涙を誘われた。
「……知ってたんですね。」
「あァ。今日執事から聞いたんだ。勝手に悪かった。」
ペルの腕の中でミドリはフルフルと首を振った。
「オーナーに誘われた時はすごく嬉しかったんですけど、ペルさんと離れたくなくて……決断することができなくて……」
「わかってる。」
「黙っていれば今までのようにペルさんのそばにいられるって、ズルい考えも浮かんだんですけど……でも、ナノハナで挑戦してみたい気持ちも消えなくて…っ……」
ペルは背を屈めてミドリと視線を合わせる。
「大丈夫だ。ちゃんとわかってるから。」
両頬を手のひらで優しく包み親指で涙を拭い
安心させるよう、笑顔を見せる。
本心を言えば……
行くな、と言ってしまいたかった。
手放したくない、おれのそばを離れるな、と
そう言ってしまえたらどんなに楽だったか。
しかし、それは泣きじゃくるミドリを
これ以上苦しめることになる。
おれが今できるのは、本音を隠して
ミドリの背中を押してやることだけだ。
「頑張れ、ミドリ。君ならやれる。」
「うぅっ……」
「頑張れ……」
そのまま顔を近づけ、優しいキスを落とした。