第六章 〜私の希望〜
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メイディと共同で使っているミドリの部屋。
彼女は現在仕事に出ているため室内は空っぽだ。
ペルは部屋の隅にミドリの荷物を下ろした。
「ありがとうございました。」
「気にするな。もう今日から仕事に戻るのか?」
「いえ。今日までお休みをいただいていて、明日から少しずつ復帰します。皆さんにも迷惑をかけてしまったので、頑張らないと。」
「そうか。無理はするな。今日はゆっくりしているといい。」
そう言って、部屋を出て行こうとするペルの服を
ミドリは思わず握った。
大事なことを話したい。
きちんと確認したい。
けど、うまく言葉が出てこない。
そんな気持ちから咄嗟に出た行動だった。
「……どうした?」
「えっと……」
ミドリが言葉を選びきれずにいることを察し
ポンと頭に手を乗せた。
「私といるのは緊張するか?」
「え……」
「さっきから視線が合わないし、顔も強張っている。」
その手はするりと耳を通って頬に添えられる。
ミドリはくすぐったそうに首をすくませた。
「この間、抱き締めてしまったせいだろう。」
その言葉にハッとして、ミドリは顔を上げた。
やはり、夢ではなく現実だった。
「あの時は、君が攫われたかもしれないという不安から、柄にもなく取り乱していた。姿を見て安心したせいか、あんなことをしてしまったんだ。場所もわきまえず、出過ぎた真似だった。許してくれ。」
「……よかった。」
ミドリは安堵の笑みを浮かべた。
「あの日のペルさんは全部、私が見た都合のいい夢だったのかなって、不安になってたんです。」
「夢などではない。今だって抱き締めたいと思ってる。」
「っ……」
ミドリの顔がボッと耳まで赤くなる。
あまりにも真っ直ぐに向けられた言葉を
受け止めきれず、再び頭が混乱した。
「そ、それは、私のことを……ですか?」
「他に誰がいるというんだ。」
「そうですよね。すみません、いまいち…自信が持てなくて……」
そう。自信がない。
ペルさんの態度に
私は思い上がっているだけかも、って。
まさかペルさんが私のことを
そんなふうに思ってくれるなんて…
そんなことはありえないと思っていたから。
予想だにしていなかった。
期待もしていなかった。
だからあの日の告白は
私からの一方的なものと割り切って伝えたの。
一方的でも、好きでいられるだけで
幸せだったから。
その相手が私を”抱き締めたい”と言ってくれてる。
それって……
「……ちゃんと言わないと伝わらないな。私が悪かった。」
ペルは混乱しているミドリを落ち着かせるよう
彼女の肩に手を置いて、真っ直ぐに目を見つめた。
「ミドリ、お前が好きだ。」
「っ……」
年の離れた娘にこんな気持ち
自分でも最初は信じがたかったが
一度認めてしまえば気も楽になった。
そしてこの感情に
なぜ今まで気付かないフリができだのだろうかと
不思議なほどに、気持ちは膨れ上がっている。
今思えば、この気持ちは
「君がここへ来る前からずっと、おれは君が欲しかった。」
そう。
あの日、あの絨毯屋で頼りないこの存在を知った
あの時からきっと、すでに芽生えていたものだ。
「もう一度抱き締めていいか?」
「……はい。」
大きな瞳に涙を溜めるミドリを抱き寄せる。
感情任せに抱き締めた前回とは違う。
優しく、大切に、けれどきつく。
愛情がきちんと伝わるように。
おずおずと遠慮がちに伸ばされてきた
ミドリの腕の小さな温もり。
それを背に感じて、身体の中心が熱を帯びる。
王家とも、国とも違う大事なモノ。
守りたい存在。
幸せにしたい存在。
このまま腕の中に閉じ込めておきたくなるほどに
愛おしい存在。
その尊さを、ペルは初めて知った気がした。