第二章 〜私の憧れ〜
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
人の多い大通りを脇道へ逸れて
その奥へと進み角を曲がると街の外れに出る。
人通りがほとんどない裏路地に入り
ミドリは建物を背に腰を下ろした。
ここまで走って来たせいで上がった息を
深呼吸をして整える。
どうして逃げてきたのか、自分でもわからない。
突然ペルのことを遠い存在に感じ
”友人”などと思ってしまっていた身の程知らずな
自分の考えに、顔が沸騰しそうなほど恥ずかしく
とてもじゃないがあの場にはいられなかった。
あの光景を見ていたくなかった。
熱くなった顔を手で覆いながら下を向く。
「……ここは静かでいいな。」
と、頭の上から聞こえた声に瞬時に顔を上げると
いつの間にかペルがいつもの優しい表情で
目の前に立っていた。
「あの…こんにちは。」
恥ずかしさからすぐに視線を足元へ落とす。
ペルは人一人分の距離を空けて
ミドリの隣にドサっと腰掛けた。
「外で会うなんて珍しいな。」
「……あまり外出しないので。」
「目が合ったと思ったんだが…なぜ逃げたんだ?」
やはり気付かれていた。
ミドリは気まずくなりながらも正直に話した。
「……ペルさん、有名な戦士の方だったんですね。ごめんなさい。私知らなくて、少し驚いてしまって……」
「いや、謝ることじゃない。いつもはあまり騒がれないんだが、今日は大袈裟な者が多かったな。」
ハハッと笑いながらそう言うペルは
店に来て話をしてくれるいつもの彼と変わりなく
ミドリは少しホッとした。
この人が何者であっても関係ない。
お互いの立場の違いも気にしない。
どんなに辛く、気分が落ち込んでいても
このひと時だけは忘れさせてくれる。
私はペルさんと過ごすこの時間が大好き。
ペルの横顔をこっそりと見ながら
ミドリがそんなことを考えていると
ふとペルが視線の先のものに反応した。
「あまり見かけない鳥だな。」
ミドリも同じ方へ目をやると、小さな鳥が一羽
2人の視線の先をトットッと歩きながら横切った。
「本当。可愛いですね。」
鳥の行く先を目で追っていると
正面から子どもが走ってくるのをきっかけに
その一羽の鳥は空高く飛び上がった。
ミドリはそれが見えなくなるまで空を見つめ
不意につぶやく。
「いいですね。空を飛べるって。」
「!」
拗ねたような言い方をしたその発言に
ペルはギクっと反応する。
「鳥を見かけるたびに思ってました。」
「鳥?あァ……そうか。」
ミドリが自分に向けて言っているわけじゃ
ないとわかり、ペルは少し安心した。
この国の者は大抵ペルの能力を知っているが
生活を制限され、世間のことをほとんど
教えてもらっていないミドリがそれを知る由もなく
ペルの心境に気付けるはずもない。
「あんなにも自由に生きられるなんてずるいです。私は……家を出ることもできないのに。」
空を見上げていた顔はだんだんと下がり
ミドリの視線はいつも通り、足元へと戻る。
その様子を見て、今度はペルは空を見上げた。
「……果たして、自由だろうか。」
「え?」
「飛ぶにも限界がある。上へ行けば空気も薄くなる。地上に下りれば人間はいるし、他の動物たちにも狙われる。何日も食料を得られないこともあるだろう。きっと彼らも生きていくのに必死だ。」
「……ふふっ。」
ペルの言葉にミドリは楽しそうに笑った。
「まるで自分が鳥のような言い方ですね。」
「あ、いや……」
その通り、鳥なんだが……と思ったが
素直に言い出せる空気ではなく、黙り込む。
「……ずるいって思う反面、とても羨ましいんです。私はいつも下ばかり向いて生きてきたから。ああやって上を向いて飛び立てるなんて、たくましくって憧れる。私にも、上を見て飛び立つ勇気があれば…って。」
ミドリはもう一度空を見上げて
太陽の光に目を細めた。
「わかってるんです。私には今いる場所を出る勇気がないだけ。ごめんなさい。ずるい、なんて嫌味な言い方しちゃった。」
「……大丈夫だ。君も、いつか飛べる。」
「え?」
「私が保証する。必ず、自由になる。」
力強い言葉に溢れそうになる涙を隠すように
ミドリは膝を抱えて顔を埋めた。
ペルもそれ以上は何も言わず
ただ隣に座っていた。