第二章 〜私の憧れ〜
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海賊サー・クロコダイル討伐により
国は平和になったとはいえ
護衛隊の副官という立場はとても慌しい。
国王や王女の公務の護衛、兵士達の訓練
隣国への遠征、国内の巡回、細かな雑務。
そんな忙しい毎日の中でも、ふとした瞬間に
ミドリのことがペルの頭をよぎった。
——お隣の絨毯屋ねェ……ここだけの話、酷いもんよ。
あの日立ち寄った衣料品店の女性店主の話は
ペルがおおよそ予想していたとおりの内容だった。
——いつもあの子に仕事を押し付けて、親が店に出てるのなんてほとんど見たことがないわ。
——昔からね、怒鳴り声も聞こえてくるのよ。ほとんど毎日さ。あの感じだと、きっと暴力も振るわれてる。
——ここらじゃ皆知ってる。悪いけど、見て見ぬふりだよ。関わるもんじゃないって。
思い出して、ぐっと拳を握った。
あの力ない笑顔の理由が、少しだけわかってきた。
こんなに身近なところで
苦しみながら生活している者がいるのに
王女を探しに行かなければ知る由もなかった上
それを知った今も、助け出す方法がわからない。
自分の無力さに悔しくもなった。
どんな言葉をかけたらいいのか。
ミサンガを買う以外にしてやれることはないのか。
——君は…何か辛い目にあっているのか
——いえ…そんなことは……
失礼を承知で尋ねた時に
彼女は明らかに困った顔をしながら否定していた。
本人から求められているわけではないのに
気にかけるのは余計な世話だろうか。
知られたくない問題なのかもしれない。
これ以上は踏み込むべきではないかもしれない。
それでも放っておくことができず
ペルは週に一度程度、非番の日や巡回の途中に
絨毯屋へ顔を出すようになった。
挨拶をして、少しばかり何気ない会話を交わす。
会話の中で笑顔を見せはするが
やはりどこか思い詰めているような表情で
いつもなんとなく元気はなかった。
「……これはっ、どうしたんだ!」
ある日、ペルが店へ寄ると
いつも以上に目を合わせようとしない彼女に
違和感を感じ、失礼を承知で顔を覗くと
目の周りには大きな青い痣ができていた。
「えっと……目立ちますよね。これ。」
ミドリは手のひらでそのアザを隠し
無理に笑ってみせる。
が、ミドリがそうしたことによって現れた手首の傷や痣が、さらにペルの視界に入った。
古傷から、最近ついたような新しいものまで。
ペルは思わずその細い手首を掴む。
「………誰かから、やられているんだな。」
見られてしまったことにハッとして
ミドリは気まずそうに視線を逸らした。
「大丈夫です。」
「大丈夫なわけがないだろ。」
こんなものを見てしまっては
ペルも引き下がるわけにはいかない。
ミドリの手首を掴んだまま、もう一方の手先で
露わになった顔の痣を軽く撫でる。
ミドリはギュッと目を閉じて身体を強張らせた。
「………家族か?」
「………」
怖がらせたいわけではない。
この怒りを彼女にぶつけないよう、できるだけ
優しく問いかけた。
何も言わないが、答えはわかりきっていた。
「今すぐここを出るべきだ。」
「それは…できません。」
「なぜだ。こんな目に遭っているのに。」
「……実の母に捨てられた私をここまで育ててくれた人たちなんです。逆らえない。逃げることは……許されない。他に行く宛てもないですし。」
ペルの手から逃れようと手を引くと、
優しく掴んでいたペルの指はすぐに手首から離れ
ミドリはペル自身からも距離をとった。
「こういうところ、家族に見られると困るので。」
向きを変え、カウンターへと戻るミドリの背に
ペルはもう一度声をかける。
「私は間違っていると思う。」
「………」
「育ての親だから何だと言うんだ。このまま見過ごすわけにはいかない。」
「………」
「……また来る。」
そう言い残してペルが店を去ると
ミドリの頬を一筋だけ涙が伝った。