咲く菫色/クラッカー
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次の日。
朝食を終えたクラッカーのもとへ
ミドリは、いの一番に会いに来た。
「クラッカー様。おはようございます。」
「あァ。」
「………」
「………」
お互いに言いたいことがあった。
昨日のことを謝りたかった。
でも切り出す勇気がなかなか出ない。
そんな空気が間に流れる。
「あの」「おい」
勇気を振り絞ったタイミングは同時で
2人の声が見事に重なった。
「………」
「………」
そしてまた、2人揃って黙り込む。
この状況を打破したのはクラッカーの方だった。
「今から外へ行かないか?」
覚悟を決めた顔つきで
ミドリの顔を真っ直ぐに見据える。
「え、外へ?」
「連れて行きたい場所がある。都合が悪ければ時間をずらすが。」
「いえ、大丈夫です。ご一緒いたします。」
気まずい空気が流れたままの2人を乗せ
屋敷を出発した馬車は
クッキータウンを出て、小さな林を抜け
広い空と大きな海が見渡せる開けた場所へと出た。
「着いたぞ。」
先に馬車の段差を降りたクラッカーは
少し迷いはしたが、ミドリへ手を差し出す。
ミドリがその手を取ると心臓がドクンと跳ねた。
こんなふうに触れるのは初めてのことだった。
それはミドリの方も同じで
クラッカーからの厚意に恐る恐る手を重ねたが
触れた瞬間からドキドキと胸がうるさくなり
小さな段差を降りることさえ難しく感じた。
が、その意識は鼻をくすぐる甘い香りへと向き
次の瞬間には周りの景色に目を奪われていた。
「わぁ……」
一面に広がる草原に
見渡す限りの花々が咲き誇っている。
白、黄、桃、紫、オレンジ
全ての色がそこに集まっているかのように広がる
花の絨毯を目の前に
ミドリはスッとクラッカーから手を離し
吸い寄せられるように花畑へと歩みを進めた。
「すごく綺麗…こんな場所があったなんて……」
彼女が目の前の景色に夢中になり
こうして喜んでくれていることに
クラッカーは嬉しくなり、自然と口角が上がる。
「たまたま通りかかったときに、すぐにお前の顔が浮かんだ。いつか連れてこようと思っていたんだ。」
後ろをついて歩きながら
少し照れくさそうにそう言うと
ミドリは振り返り、嬉しそうな笑顔で見上げた。
「ありがとうございます。クラッカー様。」
目が眩むような眩しい笑顔を
背景に映る花々がさらに引き立てる。
クラッカーは顔が熱くなったのを感じた。
遠くを眺めたり、時々しゃがみ込んでは
足元の小さな花を見つめる。
楽しそうにしているミドリの後ろで
満足げに腰を下ろしあぐらを組んだ。
連れてきてよかった、と安心した。
「すみません。つい、夢中になってしまって…」
しばらくして
ひとりではしゃいでいたことに気付いたミドリは
慌ててクラッカーのそばへと戻った。
「気にするな。お前も座れ。」
言われた通り
クラッカーの横にミドリが腰を下ろすと
再び2人の周りの空気が緊張した。
「……ミドリ。」
「はい。」
突然名前を呼ばれ
ミドリはさらに緊張した面持ちで返事をした。
「手を…触ってもいいか。」
顔を見られず、目の前の花を見据えたまま
そう言うクラッカーの頬が赤く染まる。
「……はい。」
ミドリもまた、顔が熱くなるのを感じながらも
言われた通りにクラッカーに手を差し出す。
と、開かれた大きな手がミドリの小さな手に
下からそっと重ねられた。
「一度、こうして触れてみたかった。」
華奢な指先を、太い指がするりと撫でる。
互いに互いの顔を見られないほど
緊張と、恥ずかしさで余裕がない2人は
同じ真っ赤な顔になっていることには気付かない。
「綺麗な手だ。この手で世話されるから、花も綺麗に咲くんだな。」
先ほどの馬車から降りた時とは違う。
しっかりと重なる手のひらと手のひらが
互いの温もりを伝え合う。
「クラッカー様のは大きいですね。戦ってきた、男の人の手です。」
恥ずかしいけど、嫌じゃない。
むしろ、もっと触れていたい。
もっと強く。もっと深く。
同じ気持ちになって
鏡に映したように真っ赤な顔で見つめ合った。