咲く菫色/クラッカー
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———初めて声をかけてもらえたとき
私はとても驚いた。
「何をしているんだ?」
仕えている屋敷の主人が、こんな私のことを
気にかけてくれるなんて思いもしなかったから。
「そんな場所の花なんか、誰も見てねェぞ。」
悪びれる様子もなくそう言い切った本人が
その後も、屋敷の庭を通り過ぎるたびに
花壇の方をチラリと見てくれていた。
そんな姿を度々見かけて、幸せな気持ちになった。
クラッカー様は庭の花だけでなく
私のことも見つけてくれた。
他の誰でもなく私に用事を言ってくれることが
嬉しくて仕方がなかった。
「腹減った。早めにメシにしてくれ。」
「はい、すぐに。クラッカー様。」
どんな要求にも喜んで応えた。
「今日はカスタードとエンゼルが来るんだったな。」
「はい、ご準備整っております。クラッカー様。」
″主人とメイド″という関係は変わらない。
「退屈だ。何か本とかねェかな。」
「はい、ご用意してきます。少しお待ちくださいませ。」
でもそこに、今までにはなかった
信頼のようなものが生まれてくるのを感じていた。
そんなある日——
「食うか?」
クラッカー様が私だけにこっそりと出してくれた
ビスケットが美味しくて美味しくて
その甘みを感じながら、いつの間にか
彼のことが大好きになっていたことに気が付いた。
だから
「お前、おれの妻になれ。」
夢かと思った。
からかわれているのかと思ったけど
クラッカー様はそんなことをする人ではないし
彼の真剣な表情から冗談でないことはわかった。
天にも昇る気持ちと
自分でいいのかという戸惑いもあったけど
私は、いつものように答えた。
「……はい、クラッカー様。」
この時、私はすでに
主人である彼に心の底から惹かれていた。
ところが、婚約したことが周りに広まるにつれ
もっと自分の立場をわきまえて
後先のことを考えて返事をするべきだったと
深く反省した。
——どうしてクラッカー様があんな女と?
——顔だけでしょ。どうせ。
——メイドの分際で、主人に媚び売るなんて。
周りから囁かれる罵倒に
自分の立場を思い知らされた。
彼のことは大好きだけど
自信を持ってそばにはいられない。
そんな中途半端な考えが、クラッカー様のことも
傷付けてしまった。
——もっと相応しいお相手がいらっしゃいます。
——おれが嫌なら、そう言えばいいだろう。
王子であるクラッカー様の立場を考えて
本心を抑えていたつもりだったけど
それが間違いだったんだ。
「うぅ……」
後悔の涙が頬を流れる。
もう、周りの目を気にするのはやめる。
自分の気持ちを抑えるのはやめる。
まだ間に合うだろうか。
”あなたが好き”と
この気持ちを伝えてもいいだろうか。