第一章 〜わたしの王子様〜
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最初は心地よかった肌寒さが、今はとても辛い。
ミドリはベランダの淵に寄りかかりながら
膝を抱えて座っていた。
油断した。うかつだった。
まさかこんな嫌がらせを受けるなんて。
どうにか中に入れないかと考えた。
各部屋が広すぎるせいで、隣の部屋のベランダは
どう考えても移ることなどできないほど遠い。
そして大きすぎる城。
下をのぞいてみたけど、飛び降りるのは自殺行為。
室内に向かって何度も叫んでみたけど
見えるのは誰もいないヨンジ様の部屋の中だけ。
誰かが気付いてくれるわけがない。
確かに私は彼らに対して
暴言を吐いてしまったかもしれない。
でも、だからといって真面目に仕事をする人間に
こんな仕打ち。
どうしてこんなことが出来るのだろう。
ここで働いてきて何度も考えたことだったけど
彼らを理解することは一生できないだろうと
諦めていた。
諦めて、ただひたすらに
彼らのロボットのように従事してきた。
他に行き場がない私は
そうすることしかできなかった。
「うっ…さっむ……」
ぶるぶるっと体が震え
膝を抱える指先は凍えてきていた。
時間が確認できないけど
だんだんと夕刻が近づいてきていることはわかる。
いつまでここで、こうしているのか。
まさかこのまま夜に、なんてことは……
思い切って、窓を割ってみようかとも考えたけど
ただのガラスではないのか
私の力では到底割れそうにない。
「どうしよう…誰か……」
命の危機と言っても大袈裟ではない状況に
ミドリがいよいよ本気で焦りだしたときだった。
パッと室内が明るくなった。
「ヨンジ様…?」
カーテンの間から室内を覗くと
部屋に入ってきたのはマリナだった。
「マリナ!!」
ミドリがコンコンコンッと
窓をノックするように合図をすると
マリナはすぐに気が付き、駆け寄ってきて
中から鍵を開けてくれた。
「ミドリ!!よかった!!」
「マリナ!!ありがとう!!」
ミドリが部屋に入るなり
マリナはその暖かい手のひらで
冷え切った指先を包みこむ。
助け出されたことの安堵と親友の優しさに
ミドリは目尻に涙を溜めていた。
「ヨンジ様は談話室でイチジ様たちとずっとトランプして遊んでるのに、ミドリの姿が見えなかったから心配になって。探しにきてよかった。」
「窓を拭いてたら締め出されちゃって…もう寒くて寒くて……本当にありがとう。マリナ。」
「今は冬島へ向かってるらしいわ。この寒いのに本当酷いことする。」
マリナはもう一度ギュッとミドリを抱き締め
手がまだ震えているミドリの代わりに
掃除用具をまとめ、2人で部屋を後にした。
ーーーーーーーー
夕食の支度を終え、談話室へ迎えに行くと
そこにイチジたちの姿はなく
ヨンジがひとり本を読んで過ごしていた。
「ヨンジ様、夕食のご用意ができました。」
ミドリの姿を見て、ヨンジは眉間に皺を寄せた。
「凍え死んでる頃かと思ったんだが、うまく抜け出したようだな。つまらないものだ。」
「………」
「なんだ、その目は。」
無意識にミドリは真正面から
ヨンジを凝視し、唇を噛む。
彼の態度に自分の中で何かが切れた。
今までにないほどの怒りが湧いてきた。
諦めて、ただひたすらに
彼らのロボットのようになんて
私には、もうこれ以上は無理だ。そう思った。
ずっとずっと我慢してきたけど
人間を人間とも思わないあなたたちの考え方が
私はやっぱり許せない。
人の命は、そんなに軽いものじゃない。
兵器として簡単に創り出すようなものじゃない。
消えゆくときに、嘲笑っていいものじゃない。
弱い人間だって、あなたたちに負けない。
そんな存在があることを知ってほしいから
私は絶対に逃げたくない。
「ヨンジ様…あなたが私を気に入らないのも、ここから追い出したいと思っているのもわかります。」
「………」
静かに、しかし堂々と話し始めるミドリの姿に
ヨンジは今までの彼女とは違う雰囲気を感じた。
「でも、私はここを出るわけにはいきません。どんな嫌がらせをされても、私は逃げません。」
自分の主人を睨みつけるような視線と
生意気な態度に、ヨンジは右手でミドリの
顎を勢いよく掴んだ。
グッと顎が持ち上げられると、目の前には
怒りに満ち溢れたヨンジの表情。
「口を慎め。何様だ、てめェ。」
「っ……」
「このまま顎を砕いてやろうか。」
恐怖から無意識に全身が震えても
強い指の力で頬が潰され、顔が歪んでも
真っ直ぐにヨンジを見つめる視線だけは
逸さなかった。
「………」
「………」
少しの間、交わる視線と視線。
このまま本当に顎を砕いてやるのは簡単だったが
そうしたところで、この女の態度は
変わりそうにないことをヨンジは感じ取った。
どんなに凄んでも引かないミドリが
だんだんと面倒になり、その右手を乱暴に離す。
そのまま食堂へ向かって歩き出したので
ミドリも後ろをついて行った。
その日はそれ以上、何かをされることはなかった。
というのも
ヨンジから何か言いつけてくることはなく
ミドリが声をかけても返事もなければ
目を合わすこともない。
まるでそこにミドリは存在しないかのように
過ごしていたからだった。
徹底的に無視か…なんて幼稚な……
ミドリは内心そう呆れたが、とりあえず
害はなかったので、最低限の仕事をこなし
最後には「おやすみなさいませ。」と
ヨンジが部屋に入るのを見送った。