第七章 〜大事な人〜
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「マリナ!!」
次の日の朝。
ジェルマから出る船に乗り込もうとする
マリナの背中を呼び止めた。
「なによ。笑いに来たの?」
「違う。お礼を言いに来たの。」
ミドリのその言葉に
ムッとイラついていたマリナの表情が変わった。
「こんな別れ方になっちゃったけど……私、マリナには感謝してるの。あなたがいたからこんな辛い場所でも頑張ってこれた。」
「………」
「マリナがいなくなっちゃうのは寂しいよ。」
子どものように泣きじゃくるミドリから
マリナは顔を逸らす。
「やめてよ!私はあんたにひどいことしたんだよ!」
「それでも、それ以上に私を支えてくれた。」
「っ……」
「寂しいよぉ……」
何度も鼻を啜り、嗚咽を漏らし始める彼女を前に
マリナは観念していつもの優しい表情に戻り
ミドリに向き直った。
「本当はもう、諦めてたの。」
「え?」
「一生このまま召使いとして生きていくって諦めてたのに…ミドリがヨンジ様といい雰囲気なことに気付いて…ちょっと頭にきちゃって……」
「あ……」
「王子様と結ばれるのは私だったはずなのにって、嫉妬してたの。」
ドキッとする。
まさか、ヨンジとの関係を気付かれていたなんて。
「大丈夫よ。きっと私以外は気付いてない。」
「違うの。私とヨンジ様は——」
「もういいの。変な嫌がらせしてごめんなさい。」
マリナは深々と頭を下げた。
顔が上がると、その瞳からボロっと涙が溢れた。
「私も、ミドリがいてくれたから、これまでやってこれたんだよ。今までありがとう。」
腕を広げて、思い切りミドリを抱き締める。
「ヨンジ様と幸せにね。」
ミドリもマリナにすがるように抱き付いた。
「でもそれは…いけないことだから……」
「……ミドリ、好きになっちゃいけない人なんて、この世にいないよ。」
「………」
「昨日のヨンジ様の言葉、教えてあげる。」
マリナがミドリの耳元で、静かにそれを伝えると
みるみるミドリの顔は真っ赤に染まる。
その表情を見て、マリナは満足したように
最後の笑顔を向けた。
「じゃあ、元気でね!」
頬を赤く染めたまま
笑顔で手を振るマリナを見送った。
マリナが船へ乗り込んでも
そこを動くことができなかった。
彼女が最後に教えてくれた
ヨンジの言葉が頭の中に響いている。
——申し訳ありませんでした!もう二度とこのような
——黙れ。許すわけないだろう。
——おれの大事な女を傷つけやがって。
涙が流れる。
船の出航を見送るミドリの脳裏に
ヨンジの顔が浮かんだ。
——あなたのものだと言うのなら、もっと大事にしてください!
——大事に、とはなんだ?私にどうしろと言うんだ?意味のわからないことを言いやがって。
今思えば、その言葉の意味すらも
わかっていなかったのに……
——もう、お前が嫌がることはしない。
——どうしたら泣き止む。
——泣くな。
——とにかく触れたいんだ。お前に。
——前のように泣かしたくはない。お前が嫌ならやめてやる。
——嫌なら、おれを突き飛ばせ。
私はずっと、”大事”にされていた。
——おれはお前を特別に思っている。
「ヨンジ様……」
足が勝手に、走り出した。