第七章 〜大事な人〜
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その日の夜。
ミドリが部屋へ戻ると
マリナが大きなカバンに荷物を詰めていた。
「マリナ?何してるの?」
驚いてそう声をかけると
マリナはチラリとミドリを見て
またすぐに逸らしてしまった。
「ここを出ていくことになったの。」
「えっ!なんで!?どうして急にそんなっ……」
本気で驚いているミドリに
マリナは荷物を詰める手を止めた。
「……何も、聞いてないの?ヨンジ様から。」
「知らない!何の話?」
真っ直ぐに真剣な視線を向けてくるミドリは
演技などではなく、本当に何も知らないようで
マリナはひとつため息を吐いて静かに話した。
「クビにされたのよ。ヨンジ様に。」
「どうして!?なんでマリナが!!」
「私がいけないの。」
どんなに問いただしても
マリナはそれ以上何も答えなかった。
明日、ちょうど取引を行う島へ船が出るようで
それに乗ってこの国を出る、とだけ教えてくれた。
ヨンジ様が何かを知っているようだ、と
ミドリは深夜の薄暗い廊下を
なるべく足音を立てずに急いだ。
大好きな親友が離れていってしまう。
理由は教えてもらえなかったけど、その事実は
変えられないようで、ポロポロと涙がこぼれだす。
——コンコン…
時間を考えて控えめにノックをすると
ドアの向こうで人が動く気配がした。
眠っていたわけではないようで
思ったよりも早い反応にホッとする。
「……おいなんだよ、こんな時間に。」
それでも時間が時間なだけに
ドアを開けたヨンジは迷惑極まりないという
顔つきだった。
が、その表情も一変する。
ミドリが泣いていたから。
「申し訳ありませんっ……」
「……入れ。」
泣き顔の彼女を見るのは久しぶりだった。
幼い少女のように泣きついてくるミドリは
仕事中の彼女とはまるで別人で、対応に困った。
そうだ、確か泣き止ますには……
それをしてもいいのか、一瞬迷ったが
ドアを閉め、その小さな肩にそっと手を伸ばす。
「マリナがクビになったって言うんです。」
触れる直前、ミドリが話し始めたので
ヨンジは焦ってその手を引っ込めた。
「ヨンジ様がクビにしたんですか?」
何だ、あの女の話か。
驚いた。
あんな女のために
こいつは涙を流してるというのか。
そういうところは、やはり理解できない。
「そうだ。」
ヨンジは静かに頷いた。
「どうしてっ……」
大きな目から、大きな雫がまた流れる。
「お前に嫌がらせをしていたのはあの女だ。」
「えっ……?」
「お前をここから追い出そうとしてたんだろ。今日いきなりおれに色仕掛けをしてきた。お前なんかやめて、自分にしろと。あいつはそういう女だった。」
「………」
「信じられないなら信じなくていい。だがすぐにわかる。明日からバカな嫌がらせがなくなるからな。」
「嘘……そんな、まさかマリナがっ……」
ミドリは目の前が真っ暗になる。
この国へ来た時、同室になった私に
一番良くしてくれた。
仕事を教えてくれて、相談に乗ってくれて
いつもそばにいてくれた。
マリナがいたから
辛い目にあっても乗り越えることができた。
それなのに……マリナは私を憎んでいたの?
「どうして……」
「……あの女がこの国に来た経緯を知っているか。」
ふるふる、と首を横に振る。
マリナよりも後にジェルマへと来たミドリは
知らなかった——
ある国の第4王女として生まれたマリナ。
その父である国王が戦争を終わらせるために
ジェルマを呼んだが、支払金が足りず
代わりに差し出されたのがマリナだった。
裕福に育ち、いつかどこかの国の王子のもとで
幸せになるはずだった彼女は
ジェルマのようなわけのわからない国で
召使いにされてしまった。
「お前を妬んでたんだろ。くだらねェ。」
「あの…クビを撤回していただくわけには……」
「あ?正気か?お前自分が何されたか忘れたか。」
「……それでも…友達なんです。」
「理解できねェな。」
はァ…と呆れてため息を吐くと
ヨンジはドサッとベッドへ腰掛けた。
「おれが撤回したところで、あいつはもうここには居づらいだろう。」
「でも……」
「しつこいヤツだな。この話は終わりだ。もう寝たいんだが……たまには一緒に寝るか?」
ベッドのカバーをめくりながら
ヨンジは口角を上げてミドリを見る。
「し、失礼しますっ。」
「待て。」
慌ててその場を離れようとしたミドリの手首を
咄嗟にヨンジが掴む。
「お前、距離をとってればおれがそのうち引くとでも思ってるんだろ。」
「………」
「お前がいくら壁を作ってもな、おれはその壁を壊しにいくからな。」
「……は、離してください。」
ギロリと睨むようなヨンジの視線に
目を合わせないようミドリは下を向く。
仕方なく手が離されると
ヨンジに背を向けて部屋を後にした。