第七章 〜大事な人〜
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「おはようございます。今日の予定は——」
ヨンジとミドリ
主人と専属使用人
それ以上でもそれ以下でもない2人に戻った。
「わかった。時間になったら呼びに来い。」
いっときでも恋人同士のような甘い時間が
流れたことなど、まるで無かったかのように
ただただ時間だけが過ぎていった。
意識しないわけがない。
それでもヨンジを突き放してしまったのは自分だ。
ミドリはヨンジのためにも、この判断は
間違いではなかったと自分に言い聞かせながら
初めての恋に蓋をすることに努めた。
「では、失礼します。」
「……待て。」
部屋を出て行こうとしたところで
ヨンジによってドアを抑えられた。
「本当に全てなかったことにする気か。」
ヨンジが核心に触れてきたのは、あの日以来だった。
「………」
突然のことに言葉が出ず、黙り込む。
その小さな肩にヨンジがそっと手を伸ばす。
と、ミドリの身体が強張ったように一瞬震え
ヨンジはその手を引っ込めた。
「触れることも許されないのか。」
「………」
「何とか言え!!いい加減腹が立つぞ、てめェ!!」
今にも殴りかかってきそうなほどの勢いで
ヨンジが大声をあげると
ミドリはおずおずと顔を上げる。
「私の気持ちは前にお話しました。」
「おれが納得するわけないだろ。」
「…気に入らなければ……私は専属を外れます。」
真っ直ぐに顔を見上げてそう言うと
「それだけはさせねェから。」
そう言い残し、ヨンジは思い切りドアを閉めた。
ーーーーーーーーーー
暗く、静かになった城の中。
一日の仕事を終え、部屋への廊下を歩いていると
使用人仲間のマリナと遭遇した。
「お疲れ様。今日は早いんだね。」
「うん。マリナもお疲れ様。」
「ねぇねぇ、ヨンジ様、婚約断ったそうじゃない。」
「あ、うん。そうみたいだね。」
その名前が出ると、一瞬ミドリの表情が曇る。
ヨンジの婚約話がなくなったという話は
いつの間にか城中に知れ渡っていた。
「美人に目がないのに断るなんて、意外。」
「そうだね…確かに。」
「ヨンジ様、何か言ってなかった?」
「え?どうだったかな…結婚なんて勘弁だ、とは言ってたけど…」
使用人部屋のドアを開けると、マリナが振り返り
ひらめいたように顔の前で両手を合わせた。
「まさかヨンジ様、他にいい人でも?」
「いい人!?え、そ、そんなふうには見えないけど。」
「そっか。まぁミドリが言うならそうかもね。」
まさか自分がヨンジと
一時ではあったが関係を持った、なんてことは
いくら親友にでも言えないし、言う必要もない。
二度とあんなことにはならないから。
早く忘れてしまいたいのだから。
就寝前、ミドリはマリナと使っている寝室で
明日の支度をするためクローゼットを開ける。
と、目の前の光景に思わず声が出た。
「えっ、何これ……」
ショックを受けたように固まる彼女を見て
後から入ってきたマリナも、何事かとそこを覗く。
「うわぁっ!ひどい……」
そこにはハンガーにかけてあったはずの
仕事着であるワンピースが
全てズタズタに切り裂かれて床に落ちていた。
ミドリがそれを拾いあげるも
細かく切られた布切れが指の隙間から落ちる。
自然にこんなことが起こるわけはなく
誰かの手によってやられたのは明らかだった。
「誰がこんなこと……」
隣でマリナが恐怖の表情を浮かべながら呟いた。
ミドリの脳裏にひとりの顔が浮かぶ。
「まさかまた、ヨンジ様が……」
「……ミドリ、今日ね、談話室の掃除をしている時に、ヨンジ様とニジ様の会話が聞こえてきたんだけど……」
マリナが言いづらそうに話し始めたので
ミドリは何となく察した。
きっと、自分の話題だろう、と。
「”あんな女辞めさせてやる”みたいなことを言っていて……ミドリのことかはわからないし、黙ってようと思ってたんだけど……」
マリナがミドリの手元に視線を落とす。
「やっぱり、こういうことが起こると……」
「うん、きっとヨンジ様ね。」
ミドリは諦めたように頷いた。
こうなってしまった原因は自分にあるから。
きっと、ヨンジのことを拒否したから。
「ほんっと腹立つわね!こんなに献身的にヨンジ様に尽くしてるのに!まだこんな嫌がらせしてくるなんて!!」
マリナはミドリの代わりに怒りを露わにし
ゴミ袋を持ってきて
切り刻まれた残骸をそこへ詰め込んだ。
「仕事着ならたくさんあるから、明日朝一番にもらってくるね!」
「うん…ありがとう、マリナ。」