第六章 〜あのとき〜
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「ヨンジ様、あの……ご結婚おめでとうございます。」
食事を終え、部屋で休むというヨンジと
2人になれたタイミングで
探りを入れる意味も含めてそう伝えると
ヨンジは怪訝そうな表情をした。
「勘違いするな。断ってきた。」
その一言に、テーブルで用意していた紅茶を
こぼしそうになる。
「え、どうして……」
「父上が勝手に決めたことだ。おれはハナから受けるつもりなどなかった。」
「…そうだったんですか……」
ヨンジ様は、結婚しない。
緊張して硬くなっていた身体から
力が抜けたような
少しだけ安心したような気持ちになって
ホッと小さくため息を吐いた。
「なかなかのかわい子さんだったが、結婚とか勘弁だ。面倒くせェ。」
「断っても支障のないお相手だったのですか?」
「父上には支障があったようだが、おれには関係のないことだ。」
「………」
ミドリはだんだんと複雑な気持ちになってくる。
生まれてしまった恋心は心の奥にしまい込んで
きっぱり忘れようと決心したばかりだったのに。
してはいけない期待をしてしまいそうになる。
今回の婚約が破談になったからといって
ヨンジへの気持ちが許されるわけではないのに。
「……なんだ、断ってほしくなかったのか?」
「いえ、そういうわけでは…」
複雑な表情で俯くミドリの顔を
ヨンジが首をかがめて覗き込む。
「なァ、もしもおれがこの結婚を受けてたら、お前はどう思った?」
真剣な顔つきになるヨンジ。
「嫌、だろ?」
久しぶりに近い距離で視線が合い
胸がドキドキと鳴るのを抑えられなかった。
できるだけ平静を装い、顔を逸らして
特に汚れてもいないテーブルを
クロスで拭いたりしながら
正面でヨンジと向き合わないよう努めた。
「嫌も何も、私は意見するような立場ではありません。」
「あ?」
その態度に加え、期待通りではなかった答えに
ヨンジは眉間に皺を寄せる。
「お前は…おれが他の女のものになっても平気だって言うのか?」
じりじりと顔面をミドリの顔に近付けてくるも
ミドリも負けじと目を逸らしたまま続ける。
「ですから……私の気持ちは関係ないんです。ヨンジ様が結婚を決められたのなら、私は祝福させていただきます。」
「おれの目を見ろ。」
テーブルの手をヨンジの手によって抑えられ
逃げられない体制でそう言われてしまい
仕方なく視線を合わす。
”あの時”のように、熱のこもった視線。
「おれはお前を特別に思っている。お前は違うのか?おれのこと…何とも思わないのか?」
見つめられて、こんな形で突然の告白をされて
顔が熱くなるのを抑えられない。
逃げることも、誤魔化すことももうできなくて
「あ、あんなことをされて、何とも思わないわけないじゃないですか!」
つい言い返してしまった。
「でも…ヨンジ様はこの国の王子で、私はただの使用人です。立場が違いすぎます。」
「ならばなぜ、あの時おれを受け入れた。あの時…お前は抵抗しなかった。」
——嫌なら、おれを突き飛ばせ
「ごめんなさい、あの時は……どうかしていました。」
「……お前は相手が誰でも、あんなことをするのか?」
「そ、そんなわけないです!けど…えっと……」
このままではヨンジへの気持ちがバレると思い
言葉に詰まる。
いや、きっともうバレてる。
でも”好き”とは言えない。
許されないこの気持ちを打ち明けたら
もう止められなくなってしまうのはわかるから。
それ以上何も言わないミドリに
諦めたようにヨンジは手を離して背を向けた。
「お前にとっておれは……サンジの代わりか?」
まとう空気が暗くなったヨンジから
思いもよらない名前が出てきてミドリは混乱する。
「え?サンジ様…?」
「……もういい。行け。」
ドアに向かって背を押され
ミドリは静かにヨンジの部屋を出た。
すぐ離れる気にはなれなくて
しばらくドアの前で立ち尽くしていた。
——おれはお前を特別に思っている
本当はとても嬉しかった。
「私もあなたが好きです」と言ってしまえたら
どんなによかったか。
そのまま抱き付いてしまえたら……
でも、それは許されない。
私の気持ちは告げられない。
あなたと私は特別な関係にはなれない。
立場が違いすぎて
私はあなたには相応しくない。
いつもその大きな背中を追って
一歩後ろをついて歩いていたから
横に並んで、対等に笑い合う関係になんて
なれるはずがない。
私はどうしても
あなたの隣にはいけない。