第六章 〜あのとき〜
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王の間へ上がるエレベーターの中。
ミドリは精一杯背伸びをし、腕を伸ばして
ヨンジの髪をクシで整える。
ヨンジは大きく足を開き、さらに膝を曲げて
ミドリの高さに頭を合わせ
視線はイチジへと向けていた。
「ニジとレイジュは?」
「あいつらは今回は関係ない。」
「任務の話じゃないのか?」
「あァ。お前の結婚についてだ。」
「けっ…あァァ!?」
「っ……」
イチジの一言にヨンジは大きな声をあげ
傾けていた頭を元に戻してしまったので
ミドリは持っていたクシを床に落とした。
「……あっ、し、失礼しました。」
一瞬、頭が真っ白になりながらも
なんとか平静を取り戻してクシを拾い
それをポケットに入れるとワックスを手に取る。
ヨンジはチラッとミドリを見た。
下を向いたまま、手にワックスを広げている
その表情は見えない。
「………」
もう一度ヨンジが体勢を直すと
ミドリは手を伸ばしてヨンジの髪に
ワックスを馴染ませていった。
「どうゆうことだよ。なんだ、結婚て。」
「おれも詳しくはわからない。父上から話があるだろ。」
チッとヨンジが舌打ちをしたところで
王の間のある階への扉が開く。
「お前はここまでだ。」
エレベーターを降りたイチジに言われ
ミドリはその場にとどまった。
「戻ったら朝メシを食べるからな!」
エレベーターの扉が閉まる直前
ヨンジがじっと視線を合わせる。
「用意しておきます。」
ミドリが笑顔を向けたところで
2人の間で空を切るように左右の扉が閉まった。
エレベーターの中、ひとりになると
すぐに笑顔が消え、呆然となる。
ヨンジ様に婚約の話が出ている…?
そんな、まさか……
でもありえない話ではない。
相手はきっと、王女様か位の高い貴族の女性。
育ちが良く、美しくて、品があって
私なんか足元にも及ばない完璧な女性だろう。
「………」
暗い表情のまま
ミドリはひとりヨンジの部屋へと戻った。
帰ってくるヨンジのために、ワゴンの料理を
テーブルの上へと並べ
シワの寄っているベッドのシーツを直そうと
手をかけるが、心ここに在らずの状態だった。
ヨンジ様が結婚してしまう。
ミドリの頭の中はそのことでいっぱいだった。
——もしかしたら禁断の恋かも!
不意にいつか看護師さんに言われた言葉がよぎる。
禁断……
つまり許されないこと。
いつもの制服で
ヨンジ様の部屋を整理する自分の姿に
現実を突きつけられる。
”私はただの使用人だ”と。
いくらヨンジ様に惹かれていても
彼は王子で、私の主人。
恋をすることは許されない相手。
わかってはいたけど、目を伏せていた。
溢れてくる想いを抑えきれなくて
ヨンジ様もそれを受け入れてくれた気がして
立場の違いなど気に留めていなかった。
全て間違いだった。
昨日今日のヨンジ様との出来事が
どんなに幸せなひとときだったとしても
もう二度と望んではいけない。
間違いだったのなら
二度と望んではいけないのなら
あの暖かな温もりなんて知らない方がよかった。
胸が締め付けられるほどの気持ちなんて
知らない方がよかった。
整えるはずのシーツの端をギュッと握って
涙が出そうになるのを必死で堪えた。
この日、ヨンジがミドリの待つ部屋へ
帰ってくることはなかった。