第六章 〜あのとき〜
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情けなく、グゥー…っと鳴る腹の音で目が覚めた。
腹が減った…
目を開けると、ぼんやりと黒い影が視界に入る。
何度か瞬きをしてもう一度そちらを見ると
自分の顔のすぐ横で、ベッドの淵に顔を出し
腕を枕にして眠っているミドリだった。
寝起きの頭でも、情況はすぐに理解できた。
起きない自分のために朝食を届け
待っているうちに寝てしまったんだろう。
侍女としてはあるまじき失態だが
ヨンジにとってはそんなことどうでもよかった。
目の前の寝顔を愛おしい瞳で見つめる。
「ガキみたいだな…」
呟いて、自然と笑顔になる。
不意に手を伸ばし、さらりとした髪に指を通すと
ビクッと反応したミドリが目を開けた。
「!!」
「よォ。」
ニヤリと笑ったヨンジの顔が目の前にあって
ミドリは顔をのけぞらせた。
「えっ!ご、ごめんなさい!私っ…あれ?寝てました?どうしよう……そうだ、朝食を!えっと、今何時ですか!どうしようっ……」
寝起きとは思えないほど大きく目を見開き
周りを見回し、乱れた髪を直したり
時計を見たり、また髪を気にしたりと
挙動不審になるミドリに
ヨンジは楽しそうに笑った。
「うるせェ。落ち着け。」
手を伸ばし、ミドリの後頭部を抑えると
額があたるほどに自分の顔を寄せ
「おはよ。」
寝起きのかすれた声で、囁くようにそう言った。
上半身を露わに、髪も乱れた無防備なヨンジで
視界がいっぱいになり
その破壊力にミドリの頭はクラクラとしてくる。
まるで一夜を共にした恋人同士のような戯れに
自分の仕事や立場を全て忘れ
ただただ幸せを感じた。
「おは——」
——ドンドンドンッ
ミドリからの朝の挨拶は
大きく乱暴なノックの音によって遮られた。
「ヨンジ。いないのか。」
声の主はイチジだった。
瞬間、ミドリは勢いよく立ち上がり
髪や服が乱れていないか確認する。
「あ?なんだよ。」
ヨンジの方は少しも焦る様子はなく
不機嫌そうに返事をしてベッドを出ると
あくびをしながらそちらへ向かい、ドアを開け
イチジを迎え入れた。
「ヨンジ様!お洋服をっ…」
「あ?あァ、そうか。」
ミドリに言われてやっと
上半身に何も身につけていないことを思い出し
その足で大きなクローゼットへ向かった。
入ってきたイチジは、ワゴンの上の食事と
シャツに袖を通すヨンジを見て呆れる。
「なんだ、食事もまだなのか。服も着ずに…何してたんだ。」
ジロッとミドリの方を見るイチジ。
この状況に変な勘違いをされないよう
必死で言葉を探す。
「違います!これは、えっと…私はお食事をお持ちして…でもヨンジ様は寝ていらしてて…」
「どうでもいいだろ。何の用だ。」
マイペースなヨンジは黒のスラックスに履き替え
ベルトをしめながらミドリの言葉を遮った。
「父上が呼んでる。」
「腹減ってんだけど。」
「知るか。急ぎの用事だ。すぐに来い。」
「父上はいつも急だな…」
先に部屋を出るイチジの後を
気だるそうについていくヨンジ。
「ヨンジ様!髪がまだです!」
さすがに乱れた髪のまま王様の所へは
行かせられない、と、化粧台に置いてある
いつもヨンジが使っているワックスと櫛を手に
ミドリは2人の背中を追いかけた。