第三章 〜そのぬくもり〜
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「怖かった……」
マントの端を辿るように引き寄せ
自分の顔を寄せる。
指先だけでなく、全身を震えさせながら
涙を流すミドリの姿にヨンジは困惑していた。
「………」
この女は何をこんなに怖がっているのか。
なぜ泣いているのか。
マントなんて掴みやがって
おれにどうしてほしいのか。
全てが理解できないが、とにかく目の前の
この泣き顔は、無性に腹が立った。
「泣くな!お前の泣き顔なんか見たくないんだよ!」
「っ…だって……」
「私が泣かしたみたいだろ!」
「戦場になんて来たくなかった。これはヨンジ様のせいです。」
「あァ!?とにかく手を離せ。私は行く。ここが嫌なら船にでも戻ってろ。」
「……無理です…」
行かせまい、という気持ちから
ミドリはマントの端を握る手に力を込める。
「……ひとりにしないでください。」
「あァ?」
ヨンジは面倒くさそうに頭を掻きながら
一度その場に腰を下ろす。
と、胸元のマントを掴むミドリの手も
一緒についてきた。
それを見てひとつため息を吐く。
無理やりこの手を離すのは簡単だか
それをしたらこいつはもっと泣くだろう。
この女、いつからこんなに頑固になった。
とにかく早く戻らないと
後からイチジやニジに何を言われるかわからない。
「船に戻れば船番のヤツらがいるだろ。とりあえず泣きやめ。面倒くせェ。」
「………」
意味がわからない。
なぜおれがこんな女に
気を遣ってやらなきゃならない。
こんな女、ひとりで泣いてりゃいい。
放っておけばいい。
頭ではそうわかってるのに、なぜかできない。
「……どうしたら泣き止む。」
「ごめんなさいっ…止まらなくて……」
面白いくらいに
次々と流れてくるミドリの涙を前に
ヨンジは俯きがちに小さな声で言った。
「ここにサンジがいれば、お前は…笑うのか…?」
それは息を吐くほどの小さな小さな声で
ミドリには何ひとつ聞き取れなかった。
濡れた瞳で不思議そうにヨンジを見つめると
視線に気付いたヨンジはバツが悪くなり
急に声を荒げる。
「うるさい!何でもない!とにかくお前が泣いているとムシャクシャする!さっさと泣きやめ!どうしたらその涙は止まる!」
「どうしたら……」
何かを思いついて、でもこんなことをヨンジに
言っていいものかと迷いを見せるミドリに
ヨンジはさらにイラつきを見せる。
「いいから言え。」
「……あの……ギュッて…してください。」
「あ?」
「子どもの頃は、父と母がギュッて抱き締めてくれて…そうするといつもすぐに涙が止まったんです。」
「………」
「でもダメですよね…そんなこと。あとは自分でなんとかします。引き止めてしまってすみませんでした。」
王子であり、自分の主人でもあるヨンジに
抱き締めてもらいたいなんて
言っていいはずがないし
恥ずかしすぎて、してほしいとも思わない。
急に冷静になったミドリは
ヨンジのマントから手を離し、そのまま顔を覆い
手のひらで涙を拭った。
と、グローブをしたままの手でその両手を
まとめて掴まれる。
それをそのまま引き寄せられると
空いた手を背中に回され
すっぽりとヨンジの腕の中におさまった。
「本当にこんなことに意味があるのか?」
まさかの出来事に身体が固まる。
額の上からヨンジの困惑した声が聞こえたが
そんなのは耳に入らなかった。
彼が首に巻くオレンジのスカーフに
ミドリの顔が埋まるほど強く抱き締められる。
初めての距離感に一気に鼓動が速くなるも
久しぶりに感じた、誰かの温もりだった。
ドクンドクンと響く心臓の音や息づかい。
背に回された腕の重み。
身体の温かさ。
こんなふうに誰かと触れ合うのは何年振りだろう。
父でも母でもないけれど
包まれているとなぜか安心できる。
ヨンジの腕の中は
意外なほどに暖かい空間だった。
「……も、もう大丈夫です!すみません、離してください!」
我に返り
赤くなった顔を隠すように首を思いっきりもたげ
掴まれた腕を離させようと自分の方へ引いた。
簡単に腕は解放されたが
同時にヨンジが顔を近付けて覗き込んでくる。
「なるほど。泣き止んだな。」
恥ずかしさと驚きのせいか
気付けば涙は止まっていた。
「ヨンジ様!ヨンジ様〜!!」
「ここだ!」
少し離れた場所から名前を呼ばれると
何事もなかったかのようにヨンジは立ち上がる。
彼を探しに来たジェルマの兵士がひとり
こちらへ走ってくるところだった。
「ご無事でしたか!」
「問題ない。すぐに戻る。お前、こいつを船まで連れて行ってやれ。」
「承知しました!」
2人を残して空高く飛び立つヨンジの後ろ姿を
ミドリは半ば放心状態で見送っていた。
心臓はずっと、痛いくらいに張り詰めている。