第三章 〜そのぬくもり〜
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その次の日だった。
ミドリが廊下の花に水やりを終え
通路を歩き出すと前方にヨンジの姿を見つけた。
急に緊張して、思わず足を止める。
ヨンジの方はまだ気が付かず、俯き加減で
こちらへ向かって歩いてきていた。
周りには誰もいない。
あの時のお礼を言うなら、今がチャンスだった。
そう思うと、さらに緊張した。
ヨンジとはしばらく顔を合わせていなかったし
話をするのも随分と久しぶりだったからだ。
それに、専属であった頃でも
仕事に関する要件以外で
自分から話しかけるなんてことは一度もなかった。
なんて声をかけよう。
急だし、また改めてにしようかな。
でもこんなチャンス、もうないかもしれないし
やっぱりお礼はちゃんと言いたい。
頭の中で決めきれず、迷っているうちに
ふとヨンジが顔を上げ、目と目が合う。
2人の距離は10mほど。
ヨンジもミドリに気付いた瞬間、大きく瞼が開かれ
歩みを進める足が一瞬だけ遅くなった。
が、またすぐに視線は逸らされる。
すれ違いざま、いつも王族たちにそうするように
ミドリは立ち止まって軽く頭を下げた。
ヨンジは少しも気にする様子もなく
目の前を通り過ぎる。
「……あ、あの!」
背中に向かって、声をかけた。
その声は少しうわずり
ジョウロを持つ手は震える。
ヨンジは歩みを止めて、面倒臭そうに振り返った。
「あ?」
「すみません、お礼を言っていなかったので……」
言いながらミドリは、ヨンジとの距離を縮め
目の前まで来ると深く頭を下げる。
「あの日、命が危ないところを助けていただき、ありがとうございました。あとスープも、ヨンジ様が届けてくださったと伺いました。本当にありがとうございました。」
「………」
嫌味が返ってくることを覚悟していた。
お前なんか助けるんじゃなかった、とか
あのまま死んでたら面白かったのに、とか。
しかし何も言わないヨンジに、反対に不安になる。
「あの…お引き止めしてすみませんでした。失礼します。」
表情を見るのが怖くて、顔は上げられないまま
踵を返し、逃げるようにその場を離れた。
言えた。
ずっと言いたかったことを、ちゃんと。
ひと仕事やり遂げたように深く息を吐く。
——と、
「おい。」
後ろから低い声で引き止められ
反射的に足を止め、一気に顔は強張った。
振り返ると
知らない間に追いかけてきていたヨンジが
目の前にいて鋭い視線で見下ろされる。
「お前、私の専属に戻れ。」
人を見下すようないつもの態度で言われた言葉に
ミドリの頭の中は一気にパニックになった。
「……え…」
「命令だ。お前に断る権利などない。」
理解の追いつかない頭とは別に
身体は勝手に震え始める。
どうして?嫌だ。怖い。
またこの人の側についたら、今度こそ殺される。
完全に拒否反応が出ていた。
「えっと…あの……専属が必要でしたら、私よりももっと仕事のできる者を……」
「他の家来はいらない。」
「……へ?」
精一杯頭をフル回転させて説得を試みたけど
それも虚しく遮られ
伸ばされたヨンジの手に、腕を強く掴まれる。
「お前はおれのものだろう。」
——カランカランッ
思わず落としてしまったジョウロもそのままに
動けなくなった。
言われた瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
見下すでもなく、蔑むでもなく
真っ直ぐに視線と視線を合わせられて
ヨンジの瞳から、目を逸らすことができなかった。
ドキドキドキドキ……
おかしくなったように鼓動が大きく脈打つのを
抑えられない。
それはミドリにとって初めての経験だった。