第一章 〜わたしの王子様〜
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第一章 〜わたしの王子様〜
ここはジェルマ王国。
世界で唯一無二の国土を持たない海遊国家であり
かつて
ヴィンスモーク家が収める国。
ミドリはその王族たちが暮らす城で
使用人のひとりとして働いている。
世界中の戦争に、軍事的支援をすることで
成り立っているこの国のほとんどが男性で
女性はミドリのように王族に仕える者の中に
ほんの一握りいる程度だ。
「お疲れ様。」
「あ〜今日も長かった。」
「やっと眠ってくれたわね。」
侍女であるミドリは、他の使用人とともに
城内の掃除に衣服のクリーニングから
食事の支度と山のような仕事をこなし
朝から晩まで、王族たちのために動き回る。
彼らが各々の部屋で眠ったところを確認して
ミドリたち使用人もやっと
自分たちの部屋へ帰ることができた。
「ニジ様ったら私が廊下を綺麗にしたのを確認してから、わざわざ泥だらけの靴でまた歩き回るのよ。」
ミドリは城内の静かな廊下を
同じく使用人仲間のマリナと共に
声をひそめて話しながら歩いていた。
「イチジ様はデザートのメロンがお気に召さなくて、イチゴにしろって睨まれた。イチゴなんてすぐに用意できないし、機嫌悪くて怖かったよ。」
「本当に私たち、よくここの仕事続いてるわよね。」
「まぁ他に行くところもないんだけどね。」
王子たちへの愚痴が留まることはない。
彼らが戦場へ出ているときの城内はとても平和だが
それ以外の日は、好き勝手に振る舞う王子たちに
使用人たちは皆、手を焼いていた。
今日も朝から彼らに振り回され
心も体も疲れ切っているミドリだったが
ふと、ひとりの顔が浮かんだ。
「……それにしても、第3王子のサンジ様は本当に素敵な方だったね。もうお会いできないのが残念。」
ヴィンスモーク家の王子たちに
あんなふうに誰かが楯突く姿は初めてだった。
あの事件以来、サンジに会うことはないが
ミドリは彼に対して恋心にも似た
憧れと尊敬の念を抱いていた。
「もう、ミドリったらあの人の話ばっかり!」
「だって、ニジ様に歯向かう人を初めて見たし、身分なんて関係なく私たちにも優しくしてくれたでしょ?」
「確かに、他の王子たちとは違ったよね。」
「私が食後の紅茶をお出ししただけで『ありがとう』って言ってくれたんだよ?あんなこと初めてだったよ。」
「っ…ミドリ……」
「ここの王子たちは血も涙もない。あの人と血が繋がってるなんて…本当信じられない。」
「ミドリ、ちょっと…!」
「王子たちは特に専属は作らないけど、サンジ様だったら専属の侍女になりたかったな。他の王子たちはちょっと勘弁——」
「ほう。」
「えっ……」
サンジの話が止まらなくなってしまったミドリは
全く気付いていなかった。
すぐ後ろに、大きな影があったことに。
「ヨ、ヨンジ様っ!!」
その姿を確認した瞬間
サーっと音を立てて血の気が引いた。
「すみませんっ、私語が過ぎました!」
驚いて動けなくなるミドリの隣で
先に気付いていたマリナが深く頭を下げた。
「今日は昼寝したせいか寝付けなくてな。夜の散歩にでも出ようかと思えば…ずいぶんと楽しそうな声が聞こえてな。」
「申し訳ありませんっ!」
少し遅れて頭を下げたミドリは
頭の上から低く静かな怒りを感じた。
「胸糞悪い名前が聞こえたから何の話かと思えば。そうか、私たちは血も涙もないか。」
全て聞かれていた。
やばい。終わった。
私の人生、ここまでだ。
せめて…二十歳までは生きたかった……