第二章 〜遠ざかる背中〜
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ミドリの遭難事件から3日が経ち
ジェルマの国が雪国を離れる頃
休息してすっかり元気になったミドリは
この日から仕事を再開することになった。
朝食の準備が整い、ヨンジの部屋の前に足を運ぶ。
たった数日でも、ここへ来るのは随分と
久しぶりな気がして、少し緊張した。
——コンコン
「失礼いたします。ヨンジ様。」
ドアの向こうから聞こえた声に
ヨンジは小さく反応した。
あの女だ、と。
「おはようございます。」
「……生きていたのか。」
開けられたドアの向こうから覗かせた顔に
吐き捨てるようにそう言った。
「はい。ご迷惑をおかけいたしました。」
いつものすまし顔で、慣れたように頭を下げる。
——サンジさま……
あの時の、医務室での笑顔を思い出した。
こちらまで力が抜けそうになるほどの
無防備で安心しきったあの時の表情と
完璧な今の使用人としての姿。
それはまるで別人で
また言いようのない怒りでイラついてくる。
「あの——」
「………」
ミドリが何か言いかけたが
聞こえないフリをして、ヨンジは部屋を出た。
助けていただいて、ありがとうございました。
そう伝えるつもりだったが、ヨンジから
いつも以上の機嫌の悪さを感じとったミドリは
伝えることができなかった。
「ヨンジ様、おはようございます。少し失礼いたします。」
食堂へ向かう廊下の途中で
執事が声をかけ、2人を止めた。
「ミドリ、きみはヨンジ様の専属は外れなさい。」
「えっ?」
突然の執事からの告知に
ミドリは思わず声を上げた。
「レイジュ様からの命令です。この度はヨンジ様に多大な迷惑をおかけしましたので。」
「あの……」
ミドリがチラリとヨンジを見ると
ヨンジは嬉しそうに歯を見せて口角を上げた。
「全くだ。こんな使えない女なら、いない方が私もせいせいする。」
「必要であれば、別の人間を——」
「いらない。」
ヨンジは執事からの提案も即座に遮り
ミドリの方を見もせず
何事もなかったかのように行ってしまった。
「……レイジュ様に感謝するんだな。」
執事は静かにそう言い残し
ヨンジとは反対の方向へ離れていった。
なんとも呆気なく
ミドリはヨンジの専属を終えた。
拍子抜けするとは、まさにこういうことだ。
形としてはクビになってしまったようなものだが
これでもう、ひどいイジメにあうことはなくなる。
毎日何をされるのかと怖かった。
次こそは本当に殺されてしまうかもしれないと
怯えていた。
でもきっと、もう大丈夫。
心底ホッとした後、廊下の奥へ小さくなっていく
ヨンジの背中が目に入った。
視界が塞がるほどの、あの大きな背を
追いかけて歩くことはもうないんだ……
決して、断じて、寂しいわけじゃない。
ただ”お前はいらない”と
少しの躊躇もなくばっさりと切られたことが
ちょっとだけ悔しかった。