第二章 〜遠ざかる背中〜
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とてもとても幸せな夢を見ていた。
”いつもおれたちのために ありがとう”
私はサンジ様の専属侍女として働いていて
”これ飲んで 早く元気になってね”
体調を崩した私のために
サンジ様が美味しいスープを届けてくれる。
そんな夢——
「……ん…いたたた……」
ふと目が覚めると、そこはベッドの上。
両頬に少し痛みを感じ、手を当てる。
と、カーテンが開き、そこから顔を覗かせたのは
医務室の看護師だった。
「目が覚めたのね。よかった。」
「私……」
「雪の中、倒れていたんですって。体中冷え切ってて、意識もなくて、大騒ぎだったのよ。」
「すみません。ありがとうございました。」
思い出した。
雪の中、ヨンジ様を探しに外へ出て
騙されていることに気が付いて
でももう遅くて、身体が動かなくて……
それからの記憶がない。
ミドリが戸惑っていると
看護師は優しく笑って、テーブルの上を指差した。
「スープがあるの。食べられる?」
「スープ……」
「まだ食欲ない?」
「いえ、いただきます。」
「温め直してくるわね。」
そういえばお腹はペコペコだ。
出されたスープを少しずつ喉に流し込むと
美味しさ以上にその温かさが身に沁みた。
ミドリがスープを食べている横で
看護師がこれまでの経緯を話した。
昨日のお昼頃から、ミドリの姿がなく
使用人皆で探し回ってくれていたこと。
さらにミドリを見つけて連れ帰ってきたのは
なんとヨンジであるということ。
その時から高熱で意識がなく
今まで丸一日と数時間、眠ったままだったこと。
そして
「実はそのスープ、ヨンジ様がここへ届けてくれたのよ。」
「っ……えぇ!?う、ゲホッ、ゲホッ…」
最後の一口を飲み込んだタイミングでそう言われ
思わず咳き込んでしまった。
「ヨンジ様が…まさか……」
すっかり空になった鍋を見つめる。
ヨンジが届けてくれたことに
最初はただただ驚いていたが
だんだんとそれは不審な気持ちへと変わってくる。
毒でも入っていたんじゃ……と。
「どういう関係なの?ヨンジ様と。」
そんなミドリの心境はよそに
看護師は楽しそうに可愛い笑顔を向けていた。
「え?どういうって?」
「ナースたちの間で、もしかしたら禁断の恋かも!って盛り上がっちゃってたのよ。」
「はぁあ!?ちょ、やめてください!そんなわけないです!」
「でも雪の中を助けてくれたり、わざわざスープを届けてくれたり……何か感じちゃわない?」
冗談じゃない。
雪の中で遭難して死にかけたのは
紛れもなくあの男のせいだし
現に今も毒のスープで殺されそうになっている。
毒ではないとしても、例えば強力な下剤入りで
しばらくオムツが手放せない生活が
待っているかもしれない。
一口も残さず美味しく飲んでしまった
自分を恨みながら、ミドリは空になった鍋を
テーブルへと戻した。
「まぁいいわ。とりあえず元気そうだけど、まだ少し熱があるから、完全に治るまではここで寝ていてね。」
「はい、ありがとうございます。」
ゴロンと枕に寝そべって、天井を眺めながら
ひとり考えていた。
もしも、毒が盛られていたのなら
きっと今ごろ私の命はない。
それとも、後から効いてくる毒?
強力な下剤なのだとしたら
そろそろお腹が痛くなってくるだろうけど
今のところそれもない。
となると、ヨンジ様はどうして……
わざわざ雪の中へ助けにきてくれた。
放っておけば、気に入らない家来をひとり
消すことができたのに。
そして信じがたいことに
私のためにスープも届けてくれた。
あの人がそんなことするなんて
にわかに信じられない。