第二章 〜遠ざかる背中〜
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一夜が明けた昼過ぎ。
マリナがお城の給仕室にいると
レイジュが顔を出した。
「コーヒーもらえない?もう寒くて寒くて。」
「はい、すぐに。レイジュ様。」
マリナは手に持っていたトレイを
一度台の上に戻し、レイジュに頭を下げる。
「すぐにお部屋にお持ちいたします。」
「いいわ。ここで待ってるから。」
レイジュはそばにあった椅子に腰掛けながら
ふと台に置かれたトレイに目をやる。
そこには小さな蓋付きのココット鍋と
スプーンが置かれていた。
「あ、このスープはミドリに…あの、昨日の子、まだ目が覚めていなくて……」
「あァ、あの子。」
コーヒーを淹れるマリナをよそに
レイジュは立ち上がり、そのトレイを手に持った。
「これ預かるわね。」
「えっ?」
「大丈夫。ちゃんとあの子に届ける。医務室でしょ?」
「そ、そうですけど……」
「コーヒー、やっぱり部屋に運んでおいてもらえる?」
「か、かしこまりました……」
呆気に取られるマリナを残して
レイジュはそのトレイを手に談話室へ向かった。
ーーーーーーーーーー
「なァ本当のこと言えよ。ヨンジてめェ、おれを裏切ったな?」
「あ?違うって言ってるだろ。本当にただ散歩に出たらあの女が落ちてたんだ。しぶとく生きてやがったから別のやり方で懲らしめることにした。それだけだ。」
「クッソ〜。せっかく侍女の雪だるまが完成するところだったのによ。」
「趣味悪いぞ。お前たち。」
談話室ではニジとヨンジ、イチジが
それぞれくつろいでいた。
「侍女いじめはやめなさい。イチジの言う通り、趣味悪いわよ。」
「なんだよ、うるせェな。」
「お前関係ないだろ、レイジュ。」
レイジュは返事もせず
ヨンジが座るソファーの前のテーブルに
カチャと音を立ててトレイを置いた。
「あ?なんだ、これは。」
「あの子、まだ目を覚まさないらしいじゃない。知ってるのよ。昨日あんたたちがあの子を騙してやったこと。」
「だったら何だってんだ。」
悪びれる様子もなくヘラヘラと笑うニジ。
その横でレイジュはヨンジをギロっと睨んだ。
「あの子にこれを届けなさい。」
「っは。なんでおれが。」
「あの子はあなたの侍女でしょ?」
「このおれが召使いのためにそんなことをするわけないだろ。」
「やらないならあんたの食事に毒を混ぜちゃうから。」
「はっ、おれの身体に毒なんか効くか。」
「えぇ。でも数日間お腹を下すくらいのことはできるわ。オムツが手放せないくらいにね。」
「なっ……」
「そりゃ面白ェ!やれやれ!」
「お前もなかなか趣味が悪いぞ、レイジュ。」
ひとり楽しむニジ、そのやりとりに呆れるイチジ
嬉しそうに「いってらっしゃい」と
笑顔で手を振るレイジュを残し
ヨンジは仕方なくトレイを手に医務室へ向かった。
「なぜこの私がこんなことを……」
ブツブツと文句を言いながら
ぶつけようのない怒りを撒き散らすよう
乱暴に医務室のドアを開ける。
と、突然入ってきた王子の姿に
その場にいた医師や看護師たちは慌てた様子で
身なりを整え、整列した。
「ヨンジ様!?どうかなさいましたか!?」
「あの女は起きているか。」
「あの女とは…ミドリのことでしょうか。」
「どのベッドだ。」
シャッ、シャッと仕切りのカーテンを
躊躇なく次々に開けるヨンジに慌てて
看護師が一番奥のベッドを促した。
「ミドリはこちらです。が、まだ眠ってます。」
「おい!起きろ!」
ベッド横の小さなテーブルにトレイを置くと
眠るミドリの頬をパシパシと叩く。
「ヨンジ様!おやめくださいませ!」
「私に食事を届けさせるとは何様だ、お前は!」
「ヨンジ様!」
「………っ…」
何度も頬を叩かれたミドリが
眉間に皺を寄せ、薄く目を開く。
「起きろ!クソ女が!」
「……サンジ…さま…?」
「サン……あァ!!?」
自分に向けられたまさかの言葉に
ヨンジはものすごい形相でミドリに詰め寄る。
「サンジさま……」
それに気づくこともなく
ミドリはもう一度その名を口にし、幸せそうに
力のない笑顔を向けて、また目を閉じてしまった。
「だっ…誰がサンジだァ!?ふざけやがって!!」
眠るミドリの胸ぐらを掴み上げると
隣にいた看護師が必死にヨンジを止めた。
「ヨンジ様!どうかおやめくださいませ!病人ですので!どうか!!」
「フン!!」
仕方なく乱暴に手を離すと
怒りそのままにベッドを離れる。
「このバカが起きたら伝えろ!!スープを届けてやったのは私だと!!必ずだ!!」
「か、かしこまりました。」
頭を下げる看護師たちの前で
壊れそうなほどの勢いでドアが閉じられた。