第二章 〜遠ざかる背中〜
お名前設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「やっぱり、どこにもいないわ。」
「まさか城の外なんてことは…」
「こんな雪の中を?」
王族達の食事中、隅の方で小声ながらも
慌てふためいている侍女達のやりとりに
ジャッジは怪訝そうに眉間に皺を作った。
それを見た執事は慌てて彼女たちに注意を促す。
「何を騒いでいる。慎みなさい。」
「すみません。ですが、ひとり行方がわからないのです。」
「その子、今朝から具合が悪そうだったので心配で…」
「皆様お食事中です。廊下でやりなさい。」
「はい、申し訳ありません…」
「失礼しました……」
そのやりとりに聞き耳を立てていたニジは
ニヤニヤと楽しそうにヨンジに耳打ちをした。
「探したって城の中にゃいねェってのにな。」
「あァ、全くだ。」
ニジに合わせてヨンジも歯を見せて笑い
機嫌良く食事を続けた。
「………」
——まさか外に出たってことは?
——今朝から具合が悪そうだったので心配で…
先ほどの侍女達の話が頭の隅に引っかかる。
チラリと窓の外へ目をやると
朝の静けさが嘘のようにひどく吹雪いていた。
「……あの女は、本当に外に出たのか?」
ヨンジがそう聞くと、ニジはステーキ肉を
頬張りながら得意げに笑った。
「あァ。お前がいないと言ったら慌ててな。外へ出ていくのをこの目でしっかり見た。間違いねェ。今頃雪だるまにでもなってるんじゃねェか?」
「……それは傑作だな。」
あんな女、どうなろうと関係ない。
雪に埋もれながら
このおれを侮辱したことをうんと後悔すればいい。
これでもうあのムカつく顔を見ずに済むと思うと
せいせいする。
「………」
——私は逃げません。
ふと、あの時のミドリの顔が
ヨンジの頭に浮かんだ。
自分を真っ直ぐ睨むように見上げ
迷いなくそう言ってくる姿。
「………チッ。」
ヨンジはそれをかき消すように
目の前の食事を一気に平らげ、席を立った。
「なんだ、もう食べないのか?」
不思議そうにヨンジを見るニジの視線を無視し
そのまま食堂を後にした。
ーーーーーーーーーー
部屋に戻って窓際に立つと
吹雪はさらにひどくなっていた。
窓の外から聞こえるゴーゴーとうなる風の音が
ヨンジの心をざわつかせる。
なんなんだ。
クソ生意気な女が目の前から消えたと言うのに
気持ちは少しもすっきりしない。
この吹雪の中
どこかでのたれ死んでいるに違いない。
これ以上愉快なことはないのに。
「………クソっ…」
バンッと窓を軽く手のひらで叩く。
と、ふと目に入った窓ガラスは
指紋ひとつないほど綺麗に磨き上げられてあり
手形だけがやけに目立って残っていた。
昨日、あの女が拭いていたのを思い出す。
おれからの嫌がらせを受けてるってのに
イキイキと窓拭きなんかしてやがった。
その楽しそうな顔に、またおれはイラついて
窓の鍵をかけて閉め出してやったんだ。
「………」
改めて意識して、部屋の中を見回す。
いつも以上に整理整頓されていた。
ホコリひとつ落ちていないカーペット。
きちんと大きさ順に並べられた棚の中の本。
全てアイロンがけをしてかけられているシャツ。
ご丁寧に花まで飾ってやがる。
机の上の任務に関する資料は
おれが目を通した後、乱雑に置いたまま。
触って欲しくないところはそのままに
他のところは完璧な状態になっている。
あの女は、おれのことが嫌いなはずなのに。
「………あァ、クソっ!」
ヨンジはレイドスーツを手に、窓を開けた。
「このまま死なれたら胸糞悪いだけだ。」
誰に言うでもなく、ただ自分に言い訳をして
吹雪の中を飛び出した。