愛に生きて 後編/カタクリ
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ボーっと何もしない時間を過ごした。
本気で逃げ出そうと思えばできるはずなのに
——ミドリ。
逃げ出すことを考えるたびに
カタクリお兄ちゃんの顔が頭に浮かんで
なぜかここを出ることができない。
なんて情けない人間なんだろう。
いっそこのまま殺してくれればいいのに…
本当なら10年前に私は死んでるはずなのだから…
そんな思考回路になってくる自分がすごく嫌で
せっかく持ってきてくれる食事も
ほとんど喉を通らなくなっていた。
眠れない真夜中。
窓から星を見上げていると
トントン、とドアがノックされた。
こんな時間に執事の人が来ることはないから
ドアの向こうの相手はなんとなく察しがついて
息を呑んだ。
「起きているか?」
思った通り、カタクリお兄ちゃんの声が
廊下から聞こえて、私は顔を合わせることはせず
ドアだけをそっと開けた。
「お前のことがママにバレた。」
「えっ……」
「おれが匿っていることもバレている。」
大変な事態なのに
お兄ちゃんはすごく落ち着いている様子だった。
ママにバレた。
死んでいるはずの私が生きていることも
ここにいることも。
いよいよ殺される。
そう思ったら、動悸がするように息苦しくなった。
「海軍に戻りたいのなら、今すぐお前を逃がす。」
「海軍に……?」
願ってもいないことなのに
なぜか私はすぐに返事をできなかった。
何を迷ってるの。
迷うことなんて何もないじゃない。
海軍に戻る。当たり前よ。
今なら逃してくれる。
カタクリお兄ちゃんは嘘を言ったりしない。
でも……
「………」
「………」
顔を上げると、目と目が合う。
再会してから、こうやって
真っ直ぐに目を見るのは初めてだった。
目の前でこの顔を見ると
どうしても泣きそうになるから。
離れがたい……
なんて、思っちゃいけないのに……
「……あの時…」
決断できず、言葉に詰まる私を前に
お兄ちゃんが静かに話し始めた。
「なぜここへ連れてきたのか、わからないと言ったが……本当は理由がある。」
「え……」
「もう二度と、お前を離したくなかったからだ。」
お兄ちゃんがその場に座り込んで
より一層、顔と顔が近くなった。
「後悔していた。お前を海軍に引き渡したことを。他にもっとやり方があったんじゃないかって。」
長い手が伸びてきて、サラリと髪を撫でられる。
「会いたかった…ミドリ……この10年、忘れたことなど一度もない。」
そのまま髪を耳にかけ
右頬の傷跡に手を添えられた。
「今も、お前が好きだ。」
「……ずるいよっ…」
堪えていた涙が一気に溢れ出た。
震える手を、頬にあるお兄ちゃんの手に重ねると
その大きな手に握り返される。
この骨張った感触も、熱い掌も
硬く、少しかたついた肌も
久しぶりの温もりだった。
胸が熱くなる。
そのまま手を引かれて
全身を腕の中に閉じ込められた。
涙が止まらない。
こうやって全部を包み込んでくれる
暖かくて、優しい抱き締め方。
何も変わっていない、大好きな温もり。
大きなその胸に顔を押し付けた瞬間
何かが吹っ切れた。
今まで悩んできたこと、抱えてきたもの
全て忘れて
私はこの腕の中で生きていきたい。
強く強く、そう思った。